2023.03.07

回遊戦略による水辺や公園などの公共空間再編で活性化された岡崎のまちと、市民組織「ONE RIVER」の活動

歩く人が増えた乙川の水辺

岡崎の街を6年ぶりに訪れた。前回は水辺の社会実験「おとがワ!ンダーランド2016」が開催されていたタイミングで、橋の欄干をカウンターにしたカフェバー「殿橋テラス」など、社会実験といえども、非常に魅力的な空間が展開されていた。あれから、乙川の河川空間、そして隣接する中央緑道、籠田公園なども全面的な整備が終わったという。どのような場所になっているのか、楽しみにしながら、乙川の市民組織ONE RIVERの岩ヶ谷充さん、宮川洋一さんらの案内で街を歩いた。

 

歩いている人が多い。乙川の河川敷にたたずんで、まずそう思った。子どもたち、親子、カップル、女性二人組、様々な人々が歩いている。以前来たときはこれほどの歩行者はいなかったように思う。河川敷の遊歩道がリニューアルされ、ベンチもたくさん増えた。乙川は市街地の中で、岡崎城とサンセットが見えるいいロケーションにあったが、さらに整備により、しっとりとした雰囲気に上質な解放感が加わったようだ。乙川の道路の接点には、5分または15分歩くと、ここに着くということが描かれたサインが設置されており、街を回遊することの楽しさがきちんとアピールされている。何か特別なイベントがあるというわけでもなくても、祝日には、多くの人が水辺を歩き、楽しむシーンが見られるという。かざらないブルージーンズのような「普段使いの水辺」が実現されていると感じた。

以前の乙川になく、新しく出来上がった橋として、歩行者専用の人道橋である桜城橋がある。上流の額田地区で採られたヒノキ材が幅員19m、橋長121mの橋梁上部にふんだんに使われており、川上のウッドデッキ広場という印象だ。たくさんの群衆が桜城橋の上に出ていて、これはまさに水上の広場だという感が強まる。その時、まちの上をブルーインパルスが通過し、歓声が上がる。橋の上には、これを見るためにたくさんの人が集まっていたらしい。都心の中で空を見上げる、テンポラリーに群衆が集まる広場である橋というのは、なかなかいいものと思った。この橋上には人がデッキに座れて屋根があるフォリー・スペースがあり、一部にカフェが入る予定である。

写真左桜城橋上のフォーリー、右岩ヶ谷充さん

公園から周辺の通りに波及する効果  緑道公園から籠田公園周辺 

桜城橋を渡ると、人道橋の横幅がそのまま街の中に伸びていくようなサイズ感で、ビル群の谷間に緑道公園が挿入され、次の拠点である籠田公園までオープンスペースとしてつなげている。この公園はもともとあった緑道を拡張・リノベーションして、令和3年にオープンした。ランドスケープ設計事務所・オンサイトによってデザインされており、河岸段丘をモチーフとしたという小さなステップに空間を分節した地形処理と、ベンチやデッキが一体的に造られたストリートファニチャーのデザインに特徴がある。自由に移動させることができる椅子を許容する管理のあり方も印象的だ。

緑道公園に面したNTTが所有のビルの一階部分に、クラフトビールショップ、ベーカリー、ものづくりラボなどがオープンした。エントランスから、一階フロア、店舗インテリアまでお洒落な雰囲気だ。他にも公園に面した通りには、野菜が美味しいレストランや、ハンバーガーショップなどもオープンし、公園と隣接するビルに新たなテナントが増えているという波及効果を目のあたりにした。

緑道公園を1街区ほど歩くと、令和元年にリニューアルオープンした籠田公園に出る。ここは緩やかに傾斜した芝生広場がのびやかに広がっていて気持ちがいい。ステージもあり、そして、子どもたちに人気の噴水施設を取り囲むかたちで、チェアとテーブルを好きな場所に動かしてもよいフォリー(東屋)スペースがある。この一角にはかわいらしい木製ブースが置かれてあり、コーヒーや飲み物を販売している。地域の事業者がスモールビジネスに挑戦できるブースとして、様々な店舗がここに出るようになっている。

公園を北に抜け、連尺通りの交差点を渡ると、ミニマムなコンクリートの外壁に黄色いバナナが吊り下げられた、アートのような印象のバナナジュース店が目につく。このお店も、公園竣工後に開店したということだ。

その他に、この通り一体には、新しい店舗がオープンし、もともとあったレトロな商店と入り混じり、まち歩きが楽しいエリアになってきている。その中には、地元の素材にこだわった惣菜屋で、子育てママたちが社会に一歩足を踏み出すサロン的な場になっている「wagamama house」など、地域交流型ホテル「Micro Hotel ANGEL」など地域のソーシャルな課題と結びつけながらうまくサービスとして展開する事業も行われている。このような新しい事業の店舗は、このエリアで行われたリノベーションスクールをきっかけにして生またものも多い。

歩く人の人種が変わったと、地元の方は言う。若者のグループや女子二人組みなどが、公園や周辺のお店を回り、楽しみ、歩く姿が日常だ。地元の様々な世代の市民も含めて。公園などの公共事業が始まる前は、これらの通りは、昔からの商店が多い中心市街地であったもの、人通りも少なく、少し活気がない状態であった。公共によって造られたインフラである公園が、周辺の通りに波及効果を与え、通りがにぎやかになり、公園とまちを回遊する人が増える。この変化の背景には、実は、明確なまちづくりの戦略がある。それが、「QURUWA戦略」だ。岡崎の街の中心地の東岡崎駅、乙川、桜城橋、中央緑道、籠田公園、りぶら、岡崎公園などの公共空間の拠点を歩いて回遊できる動線の戦略であり、かつての岡崎城跡の「総曲輪(そうぐるわ)」と重なること、動線が「Q」の字に見えることから命名された。このエリア(乙川リバーフロント地区)内で公民連携プロジェクトをとおしてQURUWAの回遊を実現させ、波及効果として、まちの活性化(暮らしの質の向上・エリアの価値向上)を図る戦略で、公共空間の再編もこれに沿って行われている。

QURUWA戦略

本戦略の興味深い点は、公民連携のパートナーとして「市場を見つけ創り育て、事業性と公益性の両方を追求し実現を目指す事業者市民」像が設定されていることで、「パブリックマインド持つ民間とプライベートマインドを持つ行政」が連携しながら公共を担っていくことを公民連携と定義していることだ*1。 確実にその成果は出ており、まちの空間と人の動きが変わり、エリア全体が活性化されている。

(*1 乙川リバーフロント地区公民連携まちづくり基本計画)

ONE RIVERが生み出す乙川の風景

乙川の殿橋南に隣接する駐車場の一角に、倉庫をリノベした乙川リバーベースがある。ここは、指定管理者の拠点として使われながら、乙川が大好きな市民により2021年に発足された任意団体「ONE RIVER」の拠点となっている。

事務局の岩ヶ谷さん、宮川さんにお話を伺った。ONE RIVERは、”ONE TEAM, ONE RIVER”、「ひとつの川」のようなイメージのネーミングであり、「川が暮らしの一部になっていること、物語が生まれるプレイスメイキング、一人一人が主役になる場づくり」を大事にしながら活動を行っている。活動としては、乙川のオンシーズンに「川びらき」、「川ぐらし」、「川あそび」という水辺体験シーン創出を通した啓発活動を行なっている他、「リバークリーン」、「桜城橋ふき」、「おとがわサンデーヨガ」、自転車やランニングなどのイベントのサポートを行っている。また、上流域の地域と下流の岡崎をつなぐ、乙川をひとつの流域として捉えたツアーなども提供している。組織は、30人ぐらいで活動しており、イベントごとに動ける人が集まって場をつくる「まちに関わるプラットフォーム」だという。

岩ヶ谷さんが乙川に関わったのは、「おとがワ!ンダーランド」が始まって2年目の2017年に、事務局として参画したころがきかっけだ。現場に関わる中で、目指したい未来の乙川の姿が定まっていない、おとがワ!ンダーランドをやりたい主体は誰か?、水辺が使いたくなる状態になっていないなどの悩みを感じるようになった。「自分(私)とプロジェクト(公)の関係を見直す必要がある」と感じた岩ヶ谷さんは、プロジェクトの水辺拠点であるリバーベースに毎日のように詰める中で、いろいろな人々と話しを重ね、少しづつ乙川に関わるプレイヤーが主役になれるような場をつくっていった。その結果、岩ヶ谷さんは「①プレイヤーを一人ぼっちにしない、②環境をひらく、③この場所だからできることを追求する、④活動や場所から生まれた物語をつむぐ、⑤プロジェクトを越えて場所そのものを捉える」という価値観を大事にするようになったという。

 

宮川さんは愛知県の土木職員を務めながらONE RIVERのメンバーとして活動している。「自分は専門家と思っていたけど、個人としてまちづくりで何ができるかを考えると無力感があった」と述べる宮川さんは、素敵な土木構造物を一般の人に関わり知ってもらう「殿橋洗い」や「桜城橋ふき」というイベントを始めるようになった。桜城橋は、床版や高欄に上流地域のヒノキ材を使用しており、20年後に張替えをする予定である。その時までに橋に地元のヒノキが使われていることを地域の人に知ってもらい、橋を大事に思ってもらう気持ちを醸成することを目的として「橋ふき」イベントを行っているという。このイベントは毎月第四土曜の夕方に行われていて、もう30回目を迎えている。

日が暮れゆき、乙川の水面をやわらかいサンセットが包む黄昏時になった。桜城橋には、橋ふきに参加しようと、いろんな人が集まってきた。高校生たちの姿もある。橋ふきは裸足で行う。少し寒いが気にせず靴下を脱ぐ。乙川の水を汲んだバケツで雑巾を絞り、位置につく。「橋ふきスタート!」。学校の教室を雑巾がけで往復するように、中腰でたたっと幅19mの桜城橋のヒノキを拭き進む。達成感があって、なかなか楽しい。自然と周りの人たちと笑顔を交わす。どんな小さな手段でもいいので、市民が橋やインフラに関わることはとても大事だと感じる。そうやって、橋が行政が事業としてつくった自分に関係のない構造物でなく、市民一人一人のリビングとして自分ごと化されることが積み重なり、橋自体もまちのアイデンティティになっていくように思うからだ。

岡崎のまちは社会基盤の再編によって、確実に活性化したが、それは単に商業的なにぎわいだけでなく、人びとと場所の結びつき、人びと同士の結びつきも強めている。それは、公共空間の豊かさを市民に橋渡しする人びとのアクションの小さな積み重ねによって実現されていると感じた。

 

この記事を書いた人

ランドスケープ・プランナー

滝澤 恭平

ランドスケープ・プランナー、博士(工学)。 「ミズベリング・プロジェクト」ディレクター、株式会社水辺総研取締役、日本各地の風土の履歴を綴った『ハビタ・ランドスケープ』著者。大阪大学卒業後編集者として勤務。2007年工学院大学建築学科卒業、愛植物設計事務所にランドスケープデザイナーとして勤務後独立。2022年九州大学大学院工学府都市環境システム専攻博士課程修了。都市の水辺再生、グリーンインフラ、協働デザインが専門。地元の葉山でグリーンインフラの活動を行う。

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