2024.02.28

U35が見ている水辺とウェルビーイングの未来

2023年11月「水辺とウエルビーイング」というテーマで、ミズベリング越境領域 U 35 研究サロンがシティラボ東京で開催されました。若手の研究者、大学生と水辺研究のコミュニティをともに育んでいく取り組みです。コメンテーターは、リバーフロント研究所の主席研究員の中村圭吾さんとミズベリングディレクターの滝澤。司会をつとめた滝澤から、開会にあたっての挨拶からスタート。

気候変動や災害の激甚化、そしてコロナのパンデミックなど、人間の活動に少なからぬ原因をもつ自然環境の変化が、わたしたち人間の社会に大きな影響を与えるようになっていること。そうしたことを受けてのSDGsの取り組みや、ネイチャーポジティブ、あるいはワンヘルスといった新しい価値を示す考え方も広がってきていること。国内でも、地方創生、働き方の変化などの社会的な新しい動きも出てきており、そうしたことを背景にしつつ水辺とウェルビーイングの関係をどう見るのかをテーマに、6人の若手研究者に発表をしてもらうのが今回の研究サロンの趣旨。様々な水辺のホットイシューを共有しつつ、水辺のウェルビーイングの可能性、ウェルビーイングが発生しやすいかもしれない場所としての水辺について、皆さんといっしょに議論し解明していきたい、という挨拶でした。

●「公共空間とウェルビーング」
トップバッターの東大の先端科学研究センター特任助教、古賀千絵さんは「公共空間とウェルビーング」というタイトルでの発表です。古賀さんがまず示されたのは、ウェルビーイングの定義について。

「身体的・精神的・社会的に良い状態にあることをいい、短期的な幸福のみならず、生きがいや人生の意義などの将来にわたる持続的な幸福を含む概念」
「多様な個人がそれぞれ幸せや生きがいをい感じるとともに、個人を取り巻く場や地域、社会が幸せや豊かさを感じられる良い状態にあることも含む包括的な概念」
(中央教育審議会教育振興基本計画部会(第13回)会議資料、ウェルビーイングの向上について(次期教育振興基本計画における方向性)https://www.mext.go.jp/kaigisiryo/content/000214299.pdf)

続いて社会疫学的観点からウェルビーイングをどうみるかについてのお話が続きます。
健康の社会的な決定要因は、個人のライフスタイル、社会的なライフスタイル。社会・経済・文化・環境の状態などが複雑に絡み合いながら影響しますが、この健康の社会的決定要因を解明するのが、古賀さんが専門とする社会疫学という学問です。
社会疫学では予防医学も重要なトピックです。予防医学では、個人ができる1次予防、健康診断など疾病リスクの早期発見と対応をする2次予防、治療とリハビリによって再発を防ぐ3次予防があり、近年ではゼロ(0)次予防として、地域環境に着目する視点が注目されているそうです。

そして古賀さんが参画している、健康長寿社会を目指して予防施策の科学的な基盤づくりを目的とした「JAGESプロジェクト(日本老年学的評価研究)<https://www.jages.net/>」という研究プロジェクトについても知見をシェア。この研究は、高齢者の健康を10年以上追跡したデータをもとに、様々な疾患のリスク要因を分析したものです。身体、心理、社会、階層、幼少期の経験など様々なリスク要因が疾患に影響していますが、この研究では「地域・環境」も要因であることが示されたそうです。

たとえば居住地域の緑や歩道の面積の量が、うつや認知症の発症リスクと関連があることや、公園の近くに住む高齢者は運動頻度が高く、心疾患のリスクも低い、などの結果が示されているとのこと。水辺との関連についてはさらなる研究が必要としながらも、水辺を訪問している人の方が外出頻度が高く、1日の歩行量も多く、 景色を楽しみに水辺を訪れる人はうつのリスクも低くなる可能性が示されているそうです。

●「世話人的存在」が水辺活用を支援
続いて発表されたのは齋藤悠宇さん。現在は日建設計総合研究所に在籍していますが、東大河川研在籍時の修論で書かれた「埼玉県の川の再生による水辺空間活用における複数主体化の中間支援機能を担う個人のあり方」について発表されました。
河川空間のオープン化によって民間事業者の河川利用が可能になっていますが、この制度を使って水辺空間を活性化していくためには、どんなプレイヤーがどんな動きをする必要があるのかという問いに対しては、官民の間で機能する中間支援組織が重要なのではないかという先行研究があります。斉藤さんは、この中間支援の役割を担い、2つのセクター間を実際に行き来しているのは組織というよりは個人なのではないか、という仮説をもちました。
その検証のため、ミズベリングの事例なども含めた国内5事例とドイツでの2事例のヒアリング調査を実施、分析したのが斉藤さんの修論の研究でした。今回はそのうちから埼玉県の事例を紹介してくださいました。
埼玉県では、2007年に知事の肝いりで「水辺再生100プラン」という政策プランがはじまりました。様々なプログラムを河川管理者である県が準備し、県内市町村や事業者、地域団体などが協働する仕組みです。当初は県庁に水辺再生推進室を設置し、やる気のある地域を100個発掘、100個の水辺を整備する、というやりかたで進めていましたが、2012年からは県が市町村へ働きかける仕組みに変更しました。
2013年からは、県は占用料を低くおさえ事業者と市町村に活用を提案し、2021年には民の活用予定に応じて県が再整備できるようにもなっています。「Next川の再生・水辺deベンチャーチャレンジ」や地域団体をつなげる「埼玉リバーサポーターズ」、そしてSDGs官民連携プラットホームという県庁全体と企業とのつながりづくりの取り組みなどをベースにして、事業者が積極的に川の活用に参画できるようになっていったようです。
埼玉県には多くの河川があり、活用できる場所もたくさんあります。県庁の担当者はその状況をよくわかっているので、たとえば事業者が「キャンプ場をやりたい」と相談をすると、「どこの川のどこの地域がいい」といった提案ができる。中でも石野さんという「世話人的存在」が大きな役割を果たしている、というのが斉藤さんの指摘です。

石野さんは、埼玉県越谷市出身で、子どものころから身近な川で遊んできた方で、自治体職員になってからは、県庁の水辺再生推進室の立ち上げから関わり、部署を異動してもプライベートで現場の人たちとの交流を継続していました。こうした活動を知っていた前任者の推薦により、再び河川環境課に携わることになり、埼玉県の水辺推進に大きな役割を果たしたというのが斉藤さんの見立てです。河川管理者である県の職員が、「世話人的存在」として中間支援機能を提供し、自治体と事業者を繋ぐ役割を担うことができるんだというのが特徴的だという発表でした。

●流域意識はいかにして醸成されるか?

続いては東大大学院社会基盤学専攻の五三裕太さん。東京生まれの五三さんは、小さいときからお母さんと桜を見に行ったりした神田川の思い出から、「日本の現代社会を生きる私たちの幸せに、川はどのような価値を発揮できるのだろうか?」という問いをもって研究をはじめました。対象にしたのは愛知県岡崎市にある乙川。乙川は手づくり郷土賞グランプリ2019を受賞するなど、かわまちづくりで知られている水辺先進地のひとつで、住民によってさまざまなイベント、川の掃除や橋の拭き掃除、雨天には川の状況共有などが行われています。五三さんは、地域の方々といっしょに川の調査をしたり、関係者へのヒアリングを重ねる中で、「つながりの象徴としての流域」というものが見えてきたといいます。

この意識は、2017年くらいに変化があったようだというのが五三さんの考察です。雨による洪水の危機感、つまり川の水位変化によるまちへの問題は、同時に山の問題でもあることを知識ではなく実感したこと。そして夏は川の水位が高いため舟やSUPで遊べるけれど、冬は水位が低くて遊べない、それはアユの遡上を阻害しないために下流域の頭首工を開くためだ、ということを知り、知識と体験がつながったことなどが、「流域意識」に影響しているのではと五三さんは指摘しました。

“ONE RIVER”も、まさにひとつの川の流域に生きているという意識。乙川のかわまちづくりは、「河川空間の利活用」だけではなく、「流域を意識する」多様な経験を日常の暮らしの中に取り入れることで、「自然や他者と結びついた生の実感」という新たな川の価値を生み出している。流域を生きる住民にとって、ヒトのつながりの象徴になるようなものが川には眠っているはずで、それをどう探していくかを次の研究テーマとして考えたい、と締めくくりました。

●水辺のウェルビーイングの観光活用
続いては京都の亀岡で活動している一般社団法人Foginの並河杏奈さんによる「水とみどりと暮らす 流域空間で考えるアイデンティティと観光まちづくり@亀岡」というタイトルでの発表です。
亀岡は山に囲まれた盆地で、京都市内に流れこむ桂川の上流域にあたります。市内には大堰川(地元の愛称は保津川)という市民に親しまれる川があり、下流に向かう盆地の出口は狭窄部で、大水によっては亀岡が水に浸かってしまうという課題もあります。亀岡の盆地は大昔は湖だったそうで、今でもここにはしばしば霧がたまって雲海にすっぽりと覆われる美しい景色になるそうです。
そんな亀岡出身の並河さんは、まちづくり活動として地元の商店街活性化や移住促進事業に取り組んでいます。亀岡での流域治水とまちづくりへの関わりは、千葉大学武田史朗研究室、京都大学山口敬太研究室、立命館大学花岡和聖研究室・阿部俊彦研究室による流域空間デザイン研究会との出会いがありました。彼らといっしょに亀岡で取り組んでいるまちづくりの活動として、2020年に亀岡の50年先を考える「亀岡2070」<https://kameoka2070.com/>
という市民参加のワークショップを実施、2022年には「流域空間デザイン検討会議」を開催し、行政、森林組合、観光協会の人たちとともに、「亀岡市における流域治水時代のまちづくりに向けた提言」をまとめました。

こうした活動をベースに、移住促進や亀岡のコミュニティツーリズムのコーディネータとしても並河さんは活動しており、「そこでしか体験できない物語が流域空間の質を高める」と考えていらっしゃいます。「固有の地形や地質(GEO)」、「固有の生態や植生(BIO)」、そして「人間による産業や都市・文化(SOCIO)」が発展してきた経緯を亀岡に来た人に話すことで、観光の体験としても上質なものになること。それを守り繋いでいくことが、流域を守っていくことにもなる。川とまちのビジョンができたので、今後はそれをつないでいくようなツアーをつくっていく、とこれからの展望を話されました。

●”江戸湊”の文化資産を活用した水辺の未来

続いては京都芸術大学で社会人大学院生として研究をした柳原茜さんと大塚匠さんによる「江戸湊エリアの文化資産考察ー人と水辺の関係構築に向けた展望」の発表です。

研究対象にしたのは、東京都中央区隅田川河口域、新川地区の周辺でかつて”江戸湊”と呼ばれた地域です。”水辺”という単位で地域の歴史を遡ることで、現在の行政区分では見えてこない地域の独自性と文化資産を規定し、地域固有の課題に対して水辺にまつわる文化資産利活用での解決を考察することを研究のアプローチとしています。

この地域では、住民の入れ替わりが多く、公立中には子どもの1/4しか進学しない中で、住民の地域に対する粘着度が低い地なのではないか、という点に着目しました。水辺と住民の関係に目をやると、この地域の住民にとって「水辺は近いはずなのに遠い」ことが見えてきたとのこと。堤防が川とのアクセスを阻害していることなどによって、水辺と住民の関係や意識が分断されている歴史的背景がわかってきました。

もともと江戸湊は水辺とのつながりが深い場所でした。江戸時代は舟運の要所として栄え、芥川龍之介や永井荷風の文章にもこの地の水辺の話が出てきたり、1930年代には1.6万人を越える水上生活者がいたこともありました。それが変わってきたのは、水上から陸上に交通の中心が移り、工場や生活排水で隅田川の水質が悪化し、堤防が設置され、住民と水辺の距離が離れていったという経緯があります。地域住民へのアンケートでは、水辺が近くにあるにも関わず、地域に対して自然が少ないと感じている人が多いことも見えてきました。

柳原さんたちのチームは、この江戸湊の人と水辺を結ぶ文化資産を、「みなと」「まち」「ひと」「はし」「ふね」「こころ」の6つに整理しました。

地域への働きかけとして、江戸湊特有の文化資産を活用し、具体的には、「地域へのインストール」、「教育への活用」、「イベントの開催」などの活動を通して水辺と地域がシームレスな関係性になるきっかけをつくり、コモンズとしての水辺が形成される未来像を提案。短期的には柳原さんたち自身の参画がきっかけとなり、活動へのドライブになるような取り組みが必要だと考えている、と締めくくりました。

●都市のウェルビーイングを向上するための港湾利活用の課題
最後の発表は東工大の大森文彦さんによる「港町から考える水辺とウェルビーイング」。大森さんは首都圏の電鉄系企業で8年、駅員からはじまって商業施設運営、再開発、エリアマネジメントなどの仕事に携わってきました。現在は東工大で教鞭をとりつつ、二子玉川の多摩川の水辺の利活用で知られる、”TAMAGAWA BREW”の事務局を担当しています。
今回の発表は大学院時代の港町の研究です。港は都市の貴重な水辺ですが、地方の港町は衰退が進んでいます。その利活用には都市計画法、建築基準法、港湾法などによる制限があり、これら法体系をどう活用したり整理すれば、今後の港の利活用が進むだろうか、という問題提起の発表でした。

大森さんの提案は、臨港地区制度の見直しに可能性があるのではというもの。歴史を遡ると、臨港地区の制度なしに臨海部をマネジメントしている時代もあったそう。ただし臨港地区を外して都市計画の範疇にただ戻しても、住宅地や商業施設になってしまうだけなので、都市計画でも臨港地区でもない、第三の道が考えられないだろうか。都市のウェルビーイングが向上するような臨海部の土地利用制度があってもいいのでは、という提言でした。会場からは、「臨港地区を無分区として指定し利活用を進めることも可能性があるのではと」との意見があり、大森さんも同意されていました。

●水辺のウェルビーイングはたくさんの可能性が
それぞれの熱のこもった発表で準備した時間はオーバーするほどでしたが、最後にディスカッションとコメントの時間です。
会場にいらっしゃった国交省増田様からは、流域治水はまずは防災の観点が大事だが、自然環境を良いものにしていくチャンスでもあり、水辺を中心にまちを良くしていくチャンスでもあること、今日発表があったような取り組みが全国にも広がっていくといいと感じながら拝見した、との感想をいただきました。
同様に会場にいらっしゃった多摩川の上流域秋川で活動をしているじんけんさんからは、移住者として地域に入って活動をしている中で、元々の地元の人たちのカルチャーがどう噛み合えばいいのか。水辺の空間が外に開きつつ、地域固有の価値が最大化していくような取り組みを、どういう人が担っていく可能性があるのか、さらに興味が膨らみ、また自身も頑張っていきたい、という感想をくださいました。
いろいろな「水辺とウェルビーイング」の関係とその可能性が共有された会になりました。
発表された6名のみなさんもありがとうございます。みなさんの活動から水辺のウェルビーイングの可能性がさらに花開きますように。

この記事を書いた人

ランドスケープ・プランナー

滝澤 恭平

ランドスケープ・プランナー、博士(工学)。 「ミズベリング・プロジェクト」ディレクター、株式会社水辺総研取締役、日本各地の風土の履歴を綴った『ハビタ・ランドスケープ』著者。大阪大学卒業後編集者として勤務。2007年工学院大学建築学科卒業、愛植物設計事務所にランドスケープデザイナーとして勤務後独立。2022年九州大学大学院工学府都市環境システム専攻博士課程修了。都市の水辺再生、グリーンインフラ、協働デザインが専門。地元の葉山でグリーンインフラの活動を行う。

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