2021.03.12
水辺のまちの未来は、 自分たちでつくる【前編】
今、墨田区の水辺空間に注目が集まっている。2012年から区内の北側に流れる北十間川周辺では、官民連携でエリアのブランド価値向上を目指した「北十間川・隅田公園観光回遊路整備事業」および隅田川橋梁歩道橋新設(*こちらは台東区も連携主体に加わる)からなる連携事業が進められてきた。「伝統と先進が出会う水辺と街の賑わい交流軸の創出」を事業コンセプトに、浅草から東京スカイツリーのエリアを一体的に整備することで、まちに新たな価値を生み出し活性化させていくという官民を挙げた事業が進められ、2020年度にお披露目されたのである。
護岸整備や親水テラス整備、防災船着場整備、隅田公園のリニューアル、コミュニティ道路整備、小梅橋の架替え整備、東武鉄道高架下施設整備による「東京ミズマチ」の誕生、浅草との往来を強化する歩道橋新設といった、水辺を中心とした整備が行なわれた。
高架下に開業した商業施設と隅田公園、北十間川がシームレスにつながることで、賑わいをうみだしている
そして、東京都、墨田区、東武鉄道が官民一体となって行われてきた本事業は、国土交通省主催の「かわまち大賞」で、全国で推進されている「かわまちづくり」の中で先進的な取り組みとして高く評価され、2020年度の大賞を受賞。
今、官民連携から生まれた空間やサービスは利用者が目に見えて増えており、また地域住民たちの盛り上がりへとつながり、コロナ禍でもその勢いはむしろ増しているようにもみえる。特に、官民一体を目指して関係各所が軽やかな動きを見せている点は、水辺空間の利活用促進を促したい各自治体の参考になるだろう。
今回はこの事業における、関係各所の動きや担当者たちの想いを聞き、河川整備における一体的な取り組み事例として前編・後編に分けてレポートをお届けしていく。
東京都の河川整備計画からはじまった、水辺の回遊性向上
墨田区内には縦横に、北十間川や横十間川、堅川、大横川、旧中川が流れる河川に囲まれたまちである。その中の北十間川は、もともとは江戸時代初期に開削された運河であり、現在は墨田区が管理する一級河川である。
2014年2月に東京都が発足した「新たな水辺整備のあり方検討会」では、隅田川におけるにぎわい創出のあり方として、「利活用の場としての魅力向上」「水辺と街の連続性・回遊性の向上」「にぎわい創出のための持続可能な仕組みをつくる」という3つの基本的な考え方を提示された。
墨田区による「北十間川・隅田公園観光回遊路整備事業」および東武鉄道による隅田川橋梁歩道橋新設は、このながれをうけて始められた。
墨田区の北十間川エリアの公共政策
①北十間川・隅田公園回遊路整備事業
北十間川西側区間(枕橋から東武橋付近まで)において、2020年東京オリンピック・パラリンピックを見据えた東京スカイツリー・浅草間の賑わい創出と観光回遊性向上を目的に、水辺を中心とした鉄道高架下、北側区道、隅田公園(南側の一部)の一体的な整備及びまちづくりを行なう事業である。多様な主体がこの整備事業に参画しているところも特徴的で、地元5町会、4商店会、墨田区観光協会、東武鉄道株式会社、東京都および、芝浦工業大学建築学科志村研究室の協働で進められた。
2013年度に「北十間川の水辺活用に向けた勉強会」がスタート。
東武鉄道は2017年に中長期経営計画として「隅田川橋梁歩道橋整備構想」および「浅草~とうきょうスカイツリー間高架下商業開発」を発表。
2018年3月には河川敷地占用許可準則の都市・地域再生等利用区域の指定を見据えて「北十間川水辺活用協議会」が発足され、水辺の活用や賑わい空間の創出などについて議論が重ねられた。
2019年度には北十間川枕橋から東武橋間において、東京都から「都市・地域再生等利用区域」の指定を受け、遊歩道をつくることが可能になった。
そして2019年度には、整備後の公共空間を一体的に活用しながら賑わいを創出していくための考え方を「北十間川周辺公共空間の活用方針」としてとりまとめ、活用方針のテーマとして「水と緑のサードプレイス」を掲げ、地域から愛される 「居場所」をイメージして地域への愛着を他者と共有できる、公園・水辺を中心とした居心地のよい場所を目指すことを明確に言葉にして示した。
<北十間川・隅田公園観光回遊路整備事業および隅田川橋梁歩道橋新設の流れ>
2014年2月 【東京都】新たな水辺整備のあり方検討会 発足
隅田川等における新たな水辺整備のあり方が示される。
2016年1月 【墨田区など】北十間川の水辺活用に向けた勉強会 発足
地元5町会・4商店会、墨田区観光協会、東武鉄道株式会社、東京都)および芝浦工業大学工学部建築学科志村研究室らが参加し、整備イメージを検討。
2017年5月 【東武鉄道】中期経営計画 発表
隅田川橋梁歩道橋整備構想および浅草~とうきょうスカイツリー間高架下商業開発が示される。
2018年3月 【墨田区など】北十間川水辺活用協議会 発足
整備後の利活用・管理運営に向けて継続的に検討。
2019年6月 河川敷地占用許可準則に基づく「都市・地域再生等利用区域」に指定
2019年度 【墨田区】北十間川周辺公共空間の活用方針 公表
②公共空間として質の高さを確保する「DESIGN GUIDELINE」
整備にあたり、墨田区は「DESIGN GUIDELINE」をとりまとめた。
これは、公共整備の指針であると同時に、維持管理のよりどころとしてもとりまとめられたものである。このガイドラインは「北十間川・隅田公園回遊路整備事業」の関係者間で共有され、官民が投資する際のデザインの質と方向性を担保するものとして重要な役割を果たした。
官民のそれぞれの整備にあたり、公共空間を「使える空間」にすることが大切とされていたため、用途を絞らずに利用する人たちが使用イメージを持てる助けになるという観点から、まずは活用方針を策定し、活用テーマに基づいて電源や給排水などの基礎的なインフラのほか、舗装床面に汎用性の高い単管設置の仕組みなどを仕掛けるといった整備を行なった。
そして「北十間川・隅田公園観光回遊路整備事業」において、墨田区は隅田公園の再整備や親水テラス・船着場、コミュニティ道路、小梅橋の架け替え整備などを担った。
<北十間川・隅田公園観光回遊路整備事業>
■隅田公園
整備面積は、約15,000㎡
芝生広場、舗装広場、花見丘、公園利活用機能付トイレを整備。
■親水テラス・船着場
両岸約810mの整備延長。
浮桟橋、連絡橋、階段、照明灯、樹木、ベンチなどを整備。
■コミュニティ道路
約430mの整備延長。
墨堤通りから三ツ目通りの車道、三ツ目通りから小梅橋の車道および歩道を整備。
■小梅橋
架け替えを実施。規模は幅員11.0m、橋長19.8mで、構成は車道7.0m、両側歩道2.0m。
地域との協働。合意形成のプロセス
知ること、考えること
2013年に発足した「北十間川の水辺活用に向けた勉強会」では、ワークショップなどでどのような未来をつくるのかを積極的に意見交換をした。また、参考になる他の地域への視察などを通して関係者間がイメージを共有していった。
当事者がコミットする整備後の活用方針
2018年度に勉強会は北十間川水辺活用協議会に移行し、水辺空間に関する地域合意の当事者になった。整備は区役所が進めるなか、地域の当事者はどのような活用がなされるべきか、議論が活発に行なわれた。
2019年度に策定された「北十間川周辺公共空間の活用方針」は、それまでの地域との合意形成のプロセスでとりまとめられた考え方をもとにつくられたものである。
さらに、活用方針に基づいてさまざまな活動を行なっていった。河川利活用のルールや運用方針の制定、当時工事中の隅田公園で地元住民や整備事業に関わる関係者らが参加したイベント「ロングテーブル BBQ&水辺で乾杯 2019」の企画開催、また、手しごと市として有名なイベント「すみだ川ものコト市」に出展して情報発信、北十間川周辺の潜在的資源・価値を再発見する「北十間川の未来を面白がる会」開催といった活動を試験的に実施していった。
これにより、賑わい創出に向けての機運を高めるとともに関係者らのさらなる連携に向けての土壌がつくられていった。
なぜ、からはじまる当事者意識
水辺や道路、公園といった公共空間が整備後に積極的に利活用されるために、官民双方で「なぜ整備を行なうのか?」「整備したあとにどんな活用をしてほしいのか」といった考え方を浸透させることが重要であると担当者は捉えた。
「理想像ややりたいこと、ビジョンを示すということは私たち役所の果たす役割のひとつだと思った」と当時を振り返るのは、区の企画経営室の戸梶大(とかじまさる)課長だ。
墨田区は、整備後に公共空間を使ってもらうことを意識して、誰もが使える空間の設えに注力してきた。公共空間の活用テーマとして「水と緑のサードプレイス」を掲げ、地域の愛着を共有できる居心地のよい場をつくることを目指した。
このような共有できるビジョンがあることで、やりたい人やコトが集まってくるようになる。
「やりたい」を引き出す活動
「公共空間は多様性を許容する寛容な場であることを目指したい」と話すのは、区の企画経営室で公共施設マネジメント担当を担う、福田一太さん。
墨田区は、整備後に公共空間を使ってもらうことを意識して、地域の愛着を共有できる居心地のよい場をつくることを目指し、空間の利活用をする人たちがどのようなマインドで行動するのかという指針を「“じぶん“ちの庭(ジブンチノニワ)」と設定した。
公共空間はみんなのものではあるが、”じぶん”のものでもあり、その意識がその場に対する愛着や思いやりの醸成につながると考えている。
福田さんは、利活用のマインドを浸透させるために、まず最初に行政側が率先して場の検証をして、利用者たちの能動的な動きにつなげようと自ら隅田公園の活用方法をテストし、制度設計に落とし込んでいく社会実験を行なった。
2020年4月から5月にかけ、「そよ風会議室」と名付けて区職員のための会議室を設置する社会実験を開始。職員自らが公園占用の手続きを行ない利用者の目線に立って検証したのだ。
その中で、「公共空間を活用したい」「会議室を使用したい」という利用者の声が多数あがってきた。その後、「そよ風L@B(ラボ)」と名称を変更して利用者の手続きなどをサポートするかたちにして、利用者たちがマルシェやライブキッチンカーの出店ができるようになっていった。
社会実験と聞くと少々堅くも感じるが、行政が自らの行動をもって検証し、住民や利用者に公共空間の活用を語れる状況をつくるというのは、行政の意図が伝わりやすくなり、利用者たちの「やってみたい」につながる大きなきっかけとなっている。
職員たちの初足の速さは、使う人たちを常に想像するとともに、区内の公共空間利用者として「自分ごと」にしているからではないだろうか。
「区の担当者ですが、一利用者としてみても墨田区の寛容さは可能性を感じます。一担当の意見も尊重し、『じゃあまずはやってみよう』と言ってくれる上司や仲間がいます。自由度高く動ける環境があるからこそ、公共空間をより使いやすくしたいですね」(福田)
公共空間の整備はいったん終わったものの、行政のビジョンに共感する企業や地域団体が能動的にまちを使いこなしていく動きを、今後も加速させようとしている。そのためには、制度設計も重要である。これについて「人のやる気から、仕組みや制度がついてくる」と戸梶課長はいう。「やりたいこと」と制度は表裏一体。やりたいことを抽出し、それに合わせるように制度や仕組みを整えていく、という形をとっている。
当事者たちが、次々に現れるエリア
隅田公園では、今、イベント実施希望者が後を絶たない。コロナ禍でも毎週末はマルシェや
イベントが開催され、公園だけにとどまらず周辺は大きな賑わいをみせている。墨田区では、利用者の意見に基づきながら、制度設計を行なうとともに、現場レベルで内規を変更することで利用者が使える状態をつくる柔軟な対応をしている。だからこそ、空間を利用する人たちは、制度の中で自由に公共空間を楽しむ流れができている。
活用されてこそ公共空間。それがまさに形になっている。
「やりたいこと」に寄り添って、制度や仕組みをつくりあげることは、公共空間の利活用促進に対するアプローチの新しいカタチだといえるのではないだろうか。
「まちのキーパーソンを生み出す以上に、区として核となる考え方ができたことが整備を進めるうえでよかった点だと思う」と戸梶課長は振り返る。
やりたい方向性を行政側が自ら示したことで、ブレない事業推進ができ、今の賑わいにつながった。
墨田区の職員たちの軽やかな動きは、利用者たちの「やりたい」という気持ちを醸成している。そして、今後はさらに利用者たちが自ら公共空間でさまざまな実験をすることで、日常的にこのまちならではの魅力を感じられる場所となり、エリアの価値向上につながっていくのだろう。
後編に続く。
この記事を書いた人
新卒で大手鉄道会社に入社し、営業や開発部門を経験。2017年より“生き生きと働く人たちを伝えるとともに、誰かの背中を押していけることをしたい”とフリーライターとして活動を開始。雑誌WEB記事、創業者などのインタビュー記事執筆を行いながら、地域のフリーペーパー、パンフレット制作等の編集を行っている。また、地域や人を応援できる場づくりにも携わるようになり、現在は東東京の創業支援ネットワーク「イッサイガッサイ」のイベント企画など事務局業務も行っている。お酒好きが高じて、ときどき「スナックあすか」の名前で人や仕事がつながる場の企画運営にも挑戦中。趣味は、お酒、旅行、お笑い鑑賞。
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