2014.03.12

水辺を使い倒す。「北浜テラス」の社会実験

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大阪・中之島の川辺にビルから突き出したテラス。気持ちのよい水辺スポットはどう生まれたのか?

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北浜テラスから対岸の中之島を望む。

中之島は、細長い島の上に、レンガ造りのシックな歴史的建造物や橋、美術館やバラ園などが続き、歩くのが楽しい。2008年にオープンした京阪中之島線の駅舎や、新設された水際の柵など、既存の風景のストックの上に加わった新しいデザインも、いい感じにこのエリアを引き立てている。北浜付近の、土佐堀川左岸のビルには、川にテラスが出され、カフェや飲食店などが営業されているところもあり、ちょっと立ち寄ってみたいと思わせる雰囲気がある。川を軸に、公園という官のスペースと、ビルという民の資源がうまく組み合わさり、魅力的な水辺の都市デザインが生みだされている。

日本の都市河川には、なかなかこうした景観が少なく、川に背を向けた都市が多い。中之島も例外ではなく、つい数年前までは公園は人気も少なく寂しい場所で、ビルと川の接点はなかった。「水都大阪」という取り組みがひとつの契機となりながらも、その背景には、さまざまな水辺のパイオニアたちのチャレンジと努力がある。「北浜テラス」の仕掛け人の一人である北浜水辺協議会理事の建築家・松本拓さんにお話を伺った。

「北浜テラス」とは土佐堀川左岸の河川堤防上にビルから突き出た「川床」のことだ。訪れてみると、対岸の中之島公園の緑を眺めながら、川面をそよぐ風に吹かれて気持ちがよい。夜にはライトアップされた中之島の煌きが水面にゆらめき、一段とムーディーな大人の社交場的な雰囲気に包まれる。

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ライトアップされた中之島と夜の北浜テラスのにぎわい。

もともと北浜には、船場の旦那衆が舟で料亭に遊びにくるという文化があった。かつては建物に船着場があり、川と密接な関係を保っていた。戦後、河川堤防ができ、その後長い間、そのような環境は失われ、人びとの意識から忘却されていた。2007年の夏になって、土佐堀川沿いのビルやテナントオーナーたちが川床をやりたいと言い始めた。エアコンの室外機の修理で設置した足場を川床に見立てて、そのよさを実感するひともいた。

そこで、北浜周辺のビルオーナー、テナントオーナー、NPOの三者は、チームをつくり、川べりにビルからテラスを生みだすための検討を始めた。建築家の松本拓さんはNPO”水辺のまち再生プロジェクト”の一員としてプロジェクトに加わった。松本さんたちは、それまでも「水辺ナイト」、「水辺ランチ」など中之島の水辺を楽しむためのイベントに携わってきた。チームでの検討内容は、対象エリア設定、法的規制、先行事例、参画打診、モデルプラン作成、デザインルールづくり、事業スキームまで多岐に渡っていた。建築や不動産、まちづくりの専門家がメンバーにいたことも詳細な検討を後押しした。

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水辺のまち再生プロジェクト/北浜水辺協議会 松本拓さん

課題として分かったことは、河川敷という公共空間を川床として利用するためには、行政サイドの河川管理者から占有の許可を受けなければならないということだった。占有許可は誰にでも出るものでなく、公的な組織ではない民間団体にはハードルが存在した。占有主体になるために、不特定多数の人びとが利用するという論理が必要である。占有許可をクリアするために、プロジェクトチームは、自ら社会実験を行うことを決めた。2008年、試験的に3軒の仮設テラスを1ヶ月間オープンして、どれだけの人が利用するかを試したところ、2千人の利用者を集めることに成功した。さらに翌年、常設仕様テラスも含む実験を行い、ついに2009年11月に「北浜水辺協議会」は行政から占有主体として認められることとなった。

2008年にオープンした北浜テラスの川開きと、北浜水辺協議会の人びと。

北浜水辺協議会のメンバーには、もうひとつ実現したいアイディアがある。テラスの前に、船着場を付けて、舟で川からテラスへ訪れるようにしたいと考えているのだ。これについても、彼らは未利用の桟橋を船で曳いてきて、堤防に一ヶ月間付けてみるという社会実験を企てた。河川管理者と協議を行った上で、堤防に手すりを打ち込み、浮き桟橋をつなぐ橋も松本さんらが設計し、自分たちで施工した。結果として、20近くの小型船から事前登録を受け付け、期間中多くの客がテラスを訪れた。西宮マリーナからプレジャーボートで来たお客さんもいたという。

左上:堤防上に係留施設を設置する。堤体にアンカーを打つことが認められたのは画期的だ。右上:浮桟橋を牽いてくる。
左下:桟橋から堤防への渡橋。右下:堤防からテラスへの動線。

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プレジャーボートでテラスへ乗り付けたお客さん。
左:ドラゴンボートもテラスへ上陸。右:テラスとつながった浮桟橋の全景。

不明確であった部分を、ひとつひとつ自ら身を持って明らかにしながら、行政ときっちり話を詰めてていく。社会実験によりファンを増やすことが制度を変えることに繋がる。松本さんは、「やったらええんちゃう?と誰もが思っていることを、あくまでもオモロイ感じで楽しく実現することを目指しています」とさらっと話す。「水辺がみんなにもっと”日常使い”されたら、豊かな暮らしになる」とミズベの建築家らしいビジョンを語った。ミズベを”使い倒す”北浜テラスの背後には、気取らずに現場を楽しむという、ミズベに生きる町人文化の伝統が生きている。

写真提供:松本拓

この記事を書いた人

ランドスケープ・プランナー/編集者

滝澤 恭平

ランドスケープ・プランナー/編集者 「ミズベリング・プロジェクト」ディレクター、株式会社水辺総研取締役、ハビタ代表。 『ハビタ・ランドスケープ』著者。1975年生まれ。大阪大学人間科学部卒業、角川書店に編集者として勤務。2007年工学院大学建築学科卒業、ランドスケープ設計事務所・愛植物設計事務所にランドスケープデザイナーとして勤務後独立。2014年東京工業大学大学院社会理工学研究科修士課程修了。以降、九州大学大学院工学府都市環境システム専攻博士課程にて都市河川再生とグリーンインフラの研究を行う。2015年水辺総研を共同設立、全国の水辺のまちづくりや河川再生を精力的にサポート。2019年、日本各地の風土の履歴を綴った著書『ハビタ・ランドスケープ』刊行。地元の水辺として、東京杉並区の善福寺川を市民力で里川にカエル「善福蛙」で活動を行っている。

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