“流域資本”を殖やす全国各地の取組!(後編) 水ジャーナリスト橋本淳司さんと探る
全国各地に広がる流域連携の取組を、水ジャーナリスト橋本淳司さんと対話し探っていきます。前編では流域の連携と可視化の取組、流域と食の関係性、多摩川流域の絵巻物語づくりなどについて取り上げました。今回の後編「流域資本」をキーワードとし、流域を生活圏として見た中での自治体スケールとは違った課題解決方法について話しています。
(前編を読む)
みんなのインフラ”みんフラ”
橋本:これまで話してきたことに繋がりますが、東京財団政策研究所の未来の水ビジョンプログラムで「水みんフラ 水のみんなの社会共通基盤」をテーマにしたポスターを作りました。
橋本:これまでは上下水道やダム、あるいは堤防など、グレーのものをインフラと捉えてきたと思いますが、それだけではなく、流域には森林や田んぼや湿地と、それらを守る活動もあって、インフラとして機能していると思うんですよね。水源涵養(雨水の貯蔵や土砂流出防止、水質浄化をする機能)のインフラとして機能している阿蘇の田んぼや、山の保全に関わる林業など、それらを包括して「水みんフラ」と名付けました。
滝澤:「水みんフラ」の”みん”には、どういう思いが込められているのですか?
橋本:「”みんな”のインフラ」という意味です。私たちの豊かで安全、健康で文化的な暮らしを支える有形無形の社会共通基盤システムを「みんなのインフラ」として「みんフラ」と名付けました。特に水をマネジメントする社会の仕組み全体を「水みんフラ」と呼び、社会全体で支えていこう、という趣旨ですね。だから「水みんフラ」の中には、構造物だけではなく自然のものもありますし、それを支える人も入っていいます。人をどうしても入れたくて入れましたが、そこがポイントかもしれません。
滝澤:蒸発、漁、畑、田んぼ、レインガーデンや雨水利用、釣りをする人、そして地下水の流れも入っていますね。
橋本:水の恩恵に預かっている人たちもいれば、それを陰で支えている人たちもいる。農家の人たちは一見、自分の営利目的で使用しているように見えますけども、実際にはそれが水マネジメントとして繋がっている、ということですね。もちろん全部は書き切れていなくて、「暗渠(地下に埋設した水路)がないじゃないか」などと指摘されたりもしたんですが、「水みんフラ」として支える働きをしているものを探してみてくださいね、という意味でもこのポスターを作りました。職場とか学校に貼ってもらえたら嬉しいですね。流域治水という言葉だけじゃなくて、具体的にこういうことがあるから、いろいろなことがうまくいっているよね、ということを子どもたちが感覚的に捉えてくれればいいなと思っています。
水の恩恵に預かっている人たちもいれば、それを陰で支えている人たちもいる。農家の人たちは一見、自分の営利目的で使用しているように見えますけども、実際にはそれが水マネジメントとして繋がっている、ということですね。もちろん全部は書き切れていなくて、「暗渠(地下に埋設した水路)がないじゃないか」などと指摘されたりもしたんですが、「水みんフラ」として支える働きをしているものを探してみてくださいね、という意味でもこのポスターを作りました。職場とか学校に貼ってもらえたら嬉しいですね。流域治水という言葉だけじゃなくて、具体的にこういうことがあるから、いろいろなことがうまくいっているよね、ということを子どもたちが感覚的に捉えてくれればいいなと思っています。
水に関しては鋼のように硬いシステムもありますが、柔らかいシステムもあります。柔らかいシステムは人がやっていて、壊れやすいところもありますが、継続的に手を入れることがとても大事だし、生活との関わりとしても実感ができるものだと思います。硬いシステムは、一旦完成したら忘れられてしまうことが多いので、いざメンテナンスが必要だという時、「どうしてそのコストを負担しなきゃいけないんだ」みたいな議論になってしまうこともあります。どちらもいい面、悪い面があるかな、と。
滝澤:柔らかいシステムの維持管理に必要なお金も、硬いシステムと同様にあるといいですね。
橋本:柔らかいシステムのほうが、自分たちの生活の一部になっていて、継続的に手を入れることになるので忘れにくい。これから人口減少が進み、地方のインフラをどのように支えていくかを考えてみると、もし壊れても、そこに住む自分たちの手で直せるような、小規模なインフラのほうが人口が減少していく地域では必要かもしれません。
生きものから見る視点
滝澤:ツルの話が先ほどもありましたが、生きものからの視点で言うと、国交省のエコロジカルネットワークで、トキをテーマに関東の複数の流域を繋げる取り組みがあります。コウノトリとトキのおかげで、大きなスケールで流域を超えて連携できるのもすごく面白い。
関東地域におけるコウノトリ・トキを指標とした生態系ネットワーク形成基本計画(改定版)より
橋本:僕は渡良瀬遊水地によく行くのですが、柏方面からコウノトリが来ている、と地元の方が言っていましたね。
滝澤:関西や韓国にも出張して、パートナーを見つけてくるくらいグローバルな移動をしているらしいですね。野鳥、特に大型野鳥が入ると盛り上がりますね。
橋本:カメラマンがたくさんいるくらい盛り上がっていますよ。渡良瀬遊水地の場合は、チュウヒを生態系の頂点としたピラミッドができています。大型の鳥が来て、その鳥がいることで小さな虫がいたり、目に見えない生物群種が豊かになっている。おそらくそれは、上流から運ばれてきた土のおかげなんですよね。
滝澤:土があることで微生物なども豊かになりますよね。
橋本:そうだと思います。2019年に台風19号が来た時に渡良瀬遊水地を見に行ってたんですけど、イノシシは逃げただろうと思っていたら、案の定ちゃんとみんな逃げてましたね。
滝澤:野生動物の視点で流域を考えると面白いですね。最近色々なところで取り組みが行われていますよね。昨年、島根県の雲南市を訪問したんですが、小学生がトキが来られるようにとみんなで田んぼを手入れしていました。雲南は出水があったりして、トキの取り組みを通して流域を全体的に見る視点が広がったので、これから中学や高校で流域治水の学びをやっていきたいとおっしゃってました。
橋本:里の発想に近いですね。人間と生きものの循環系が途切れず、お互いにいい関係が続くような。
滝澤:鳥などでこういった活動をはじめて、だんだん流域治水の視点にシフトしていくようなやり方もあるんだなと思いました。
この川を機縁とし
滝澤:流域での市民の取り組みで言うと、高梁川流域のプロジェクトはどういうものでしょうか?
橋本:高梁川流域の本流・支流を擁する市町村、水源のある自治体、目的に賛同する個人と法人が会員になって構成されている高梁川流域連盟が主導しています。創設は昭和29年で、高梁川を「運命的共有物」あるいは地域を結び付ける「紐帯」として捉えていて、これには感銘を受けましたね。
文化・経済などの調査研究と、年に1回流域の市町村が持ち回りでいろいろな催しを行っています。例えば、地域の美術館や博物館などにフリーパスで行ける流域パスポート、流域スタンプラリーなどもやっています。
初代名誉会長は、大原美術館でも有名な土地の名士の大原總一郎さんで、彼が書いた設立趣意書がまた素晴らしい。「高梁川流域の人はこの川を機縁として互いに理解を深め、相親しみ、協力してこの川を守り、この川で培われた文化や産業の協同体をより美しく、より合理的に築きあげなければならないと思う。」と書かれています。
https://takahashiryuiki.com/about/ より
橋本:大原さんの本業はクラレで、繊維、水に関わりのある産業ですよね。彼が中心になって地域の名だたる企業を最初に集めて流域連盟をつくった。そして「こういう未来をつくりたい」と子どもたちが言ったことに対して、大人がコミットすると約束しています。おそらく子どもたちの未来にコミットする点が、地域の多くのステークホルダーの賛同を得られたのだと思います。
滝澤:岡山や広島、島根周辺は流域を文化として捉える試みが昔からあるようですね。
橋本:鉄づくりの産業文化は関係がありそうです。鉄をつくるために水と火と砂が必要ですから、地域の産業は流域の産物だという認識なのかもしれません。地域で産業を起こすなら流域をちゃんとケアしないといけない、と事業をする人たちの中に刻み込まれている印象がありました。流域での活動には、これまで紹介したきたようなボトムアップ型で始まったものが多くありますが、高梁川はトップダウン型ですね。
流域を資本として見てみる
滝澤:「ONE RIVER: 乙川」の活動にも注目しています。元々は岡崎で、かわまちづくりのプロジェクトで水辺の拠点を作っていったところからスタートしているのですが、流域全体の活動が広がっていき、上流部の中山間地域で交流人口や移住人口を拡大するイベントなど、暮らしを楽しむ活動として広げています。例えば、スノーピークさんと連携して川キャンプや焚き火ラウンジのような事業をしています。30代ぐらいの若い人たちが中心になって、流域全体で文化を作ろうとしているところがすごく面白いですね。
橋本:オープンなネットワーク型のアプローチですね。拠点がいくつか点として増えていって、それが面的に繋がっていく。
滝澤:拠点も自分たちで作り、イベントの時にみんなが立ち寄れるインフォメーションセンターのような場所を期間限定で作ったりしています。「ONE RIVER」という名前を付けてから、乙川全体を考えていくような活動が2020年からスタートしたようです。かわまちづくりの活動はそれ以前からやっていますが、指定管理に選ばれなかったことなどをきっかけに、水辺の利活用だけではなく、川全体への取り組みを市民としてやっていこうとシフトしたらしいです。そこからボランティア的な取り組みだけではなく、流域を使った収益事業を作っているのは面白いな、と。
橋本:流域という資本を活用した事業ですね。流域はとても大きな資本だと思っています。流域を資本として理解するのが楽しいし、それがベースだと考えるのがいいのではないかと思いますね。
滝澤:上流のひのきで作った木材で橋をつくり、毎月その橋を拭くというイベントをやっています。ちゃんとケア、お世話をして維持していこうよ、と。橋という硬いインフラですが、そこにちょっと柔らかさを入れているわけですね。この橋拭きから流れが変わったということも仰ってました。
橋本:いいですね。やっぱ柔らかいものに人が関わっていくのがポイントだと思うんですよね。インフラの強靭度と人のインフラ愛の時間の対比を考えると面白い。硬いインフラは出来上がるまでの愛はすごく大きいけども、できたら一般の人は忘れがちというか、愛の継続が難しい面がある。柔らかい、壊れやすいもののほうが愛着を持ちやすいのではないでしょうか。
滝澤:確かにこれがコンクリートだったら「拭く」イベントはやらないですよね。柔らかいヒノキ、しかも自分たちの川の上流のヒノキだから愛着を持てる。
橋本:流域という資本に愛を持って接することができる仕組みですね。
滝澤:流域資本という考えはとても大事な視点だと思います。
橋本:資本をお金だけでなく、自然資本、人的資本などを含めて考えることが近年広がってきていますが、もっと拡張して、「金融・社会・物質・生命・知的・経験・精神・文化・余裕」の9つの資本で分類するという考え方があります。その資本全てが、流域の中にあるんじゃないかと。分類してみると、見えていなかった資本が見えてくるのではと思うんですね。
滝澤:その意味では、乙川をはじめ各地の流域での取り組みは、流域資本マネジメントをやっているのかもしれませんね。
橋本:流域は資本である、というのは訴えかけたいですね。
”Life As Water”(流域と共にある)
滝澤:雨水市民の会(*過去記事:”私たちにできる流域治水ってなに?流域を生活圏と捉え直そう”の「市民による小規模分散型の雨水スポットづくり」で紹介しています)や、私が葉山の公園でやっているレインガーデン作りのような、市民が自分たちの生活圏域の中で流域に関わりながら実際に治水に取り組んでいく動きも広がっているように感じています。
橋本:小さいかもしれないけれど、自分が関与して自分でできるところがいいですよね。頭だけで勉強する時代はもう終わったような気がしていて、体も使って取り組む人たちがうまくいっているんじゃないかと。自分で手を動かし、小さな失敗を繰り返しながら試行錯誤することがポイントです。公共事業ではなかなか失敗は許されませんが、小さな自然再生などであれば失敗こそが財産であり、試行錯誤が愛の継続です。雨水タンクを作っても治水への影響は小さいと言われたりしますが、実際の効果よりもプロセスがとても重要で、自分が関わって活動するからこそ、流域の中で自分の存在や居場所を見つけることができるんじゃないかなと思いますね。
滝澤:そう思います。例えば僕が関わる葉山での取り組みでは、雨が降った時に近所の公園から泥水が流れて出て子どもたちが通学できずに困っている、といった小さい被害を共有して、それに対応する工作物をみんなで作って小さな改善をしています。そして定量的な観測をして、「被害を20%削減できました」となったら盛り上がり、今度は草刈りに参加してくれたり、葉山の木で作ったベンチを公園に置いてみようとなったりして、プレイスメイキング的な活動に発展している。とても面白い試みだと思っています。コミュニティのスケールで水の流れを把握していく新しい遊び、文化が生まれています。
全体の出水や洪水を減らすところまでは、もちろん簡単にはできないかもしれませんが、小さい被害に対応していくことなら市民でもできるし、それが累積して流域治水に繋がるんじゃないでしょうか。小さい被害を街の中でみんなで探してみるところからスタートするアプローチは結構アリだと個人的には思っていますね。
橋本:社会関係という資本を作ることにもなっているし、経験という資本もできますね。そういったものは流域の中に累積されていると思います。流域固有の技術や知恵、流域固有の生き物という資本もある。活動に参加して、なにかワクワクできたり自分の心地良さにつながるのは、流域のウェルビーイングと言えるかもしれません。
自分が”流域と共にある”。“共にある”は、英語で”Life In Water” ”Life with Water”という言い方もできると思いますが、水と人とを繋ぐ前置詞として”As”、つまり”Life As Water”と言うこともできる。共にあるという意味の”As”を理解することで、いろいろな心地良さが生まれてくるのかなと思っています。「水と生きる」ではなく「水として生きる」と考えるようにしました。
流域は水と物質が循環している場所なので、そこを生活圏として捉えることで、より良く、より豊かな満足度の高い暮らしができるのではないか。上流から下流に提供できるものと、下流から上流に提供できるものがあるので、都市と地方の交流によって流域全体のウェルビーイングが創造できる。また、上下流で社会関係資本を作ることができると、そこで心地良さが生まれてくる。流域の中で、気候変動対応や生物多様性の取り組みをするのも、こうしたウェルビーイングの活動の1つとしても考えていけると思います。
いろいろな課題やテーマがある中で、それを流域というフィールドで考えることで、面白いことができるんじゃないか。課題解決をする時にテーマから入るやり方もあるけれど、フィールドから入るやり方もある。そのフィールドを自治体単位で見るか、それとも流域で見るかによって、解決のアプローチも変わってくるということですよね。上下流が抱えている課題を、お互いが協力することで解決できる部分が広がっていくと思います。
ランドスケープ・プランナー、博士(工学)。 「ミズベリング・プロジェクト」ディレクター、株式会社ハビタ代表、日本各地の風土の履歴を綴った『ハビタ・ランドスケープ』著者。大阪大学卒業後編集者として勤務。2007年工学院大学建築学科卒業、愛植物設計事務所にランドスケープデザイナーとして勤務後独立。2022年九州大学大学院工学府都市環境システム専攻博士課程修了。都市の水辺再生、グリーンインフラ、協働デザインが専門。地元の葉山でグリーンインフラの活動を行う。
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