2024.10.10
水辺の物件買ってみた

水辺の物件が買えるとして、皆さんならどう使われるでしょうか。
皆さんの使い方によって、いい物件になることもあるし、悪い物件になるかもしれません。単に、そこにあるだけで物件は良くなるのではなくて、使い方が重要。また、個人としてはいい物件でも地域としてはいい物件にならないこともありえます。その物件のあり方によって、エリアの浮沈も決まってしまうかもしれません。
もちろん、物件所有することで何かトラブルが生じて、負債を抱えて大変な事態になってしまうという最悪の事態も考えられるかもしれません。
一般的な不動産的な考え方をするのであれば、買った値段に対して、将来どれぐらい値上がりするか(キャピタルゲイン)、あるいは買った値段に対して毎年どれぐらいの賃料収入が得られるか(インカムゲイン)を考えるのが常套手段でしょう。
ところがそれが軽自動車の新車価格ぐらいと言われたらどうでしょう。安くはないけど、高くもない。とりあえず買ってみる、という選択もあるでしょう。しかし地方都市が苦しむ不在地主問題を助長させてしまうことにつながるかもしれないので、買ったからと言って何してもいいかと言われれば、法的には問題なかったとしてもエリアに対する責任が発生することは免れません。
しかもその土地が、荒川が氾濫寸前になったと言われる2019年の19号台風の時、浸水被害を受けて建物の中に浸水痕が残っているとしたら。
心配するとキリがありませんが、今回の主人公である遠藤翼さんは栃木市で水辺の土地建物を購入しました。
栃木市巴波川沿いから、街のあり方を考える
栃木市巴波川。利根川の支流にて、かつて日光東照宮の造営がきっかけで利根川を使った江戸からの物資輸送の最北端の拠点として河岸(川の港)が整備され、その後地理的な特異性から水運物流が活発となり、交易の拠点として栄え、現在もかつての雰囲気を残す、蔵のまちです。
伝統的建築物保存地区の範囲
現在は、伝統的建築物保存地区(いわゆる伝建地区)に指定された嘉右衛門地区に、地域おこし協力隊となったご家族と共に遠藤翼さんが転居したのは、2018年12月のことでした。
遠藤さんは転居する前は、柏の葉アーバンデザインセンター(UDCK)でまちづくりのディレクターとして勤められていて、都市計画やエリアマネジメントなどの専門家でした。そんな彼が、ご家族の都合とはいえ、都市部でコンサルタントとして働くのではなく、地方での活躍に自らのキャリア形成を選んだのは、机上で計画づくりに留まることなく、実践を通してまちの変化に自ら関わりたい、そしてその実践から得難い知見を得ることで、さらなるキャリア形成に繋げたいという思いがあったからだそうです。
栃木での実践的な活動
栃木市に引っ越してきてからはさまざまな取り組みに参加されており、NPO法人嘉右衛門町伝建地区まちづくり協議会の事務局業務をされていて、伝建地区内のガイダンスセンター運営やエリアマネジメントに携わったり、栃木市官民連携まちづくり組織ウズマクリエイティブのメンバーとして、任意の10年構想を策定し、実現に向けた社会実験や事業の実施を行ったり、NPO法人蔵の街遊覧船として、週1日程度の船頭をされています。

合同会社Walk Works代表社員でもあり、シェアキッチン運営、マルシェイベントセット貸出、焼き芋屋、SUPツアーガイド、その他委託業務を受託するなどしてとても忙しくしています。


様々な経験
これまでのまちづくりの経験や人となりもあって、さまざまな活動に従事してきた遠藤さんですが、栃木での活動、生活でさまざまな経験をされてきました。
このまちの今後の行く末に関わるような重要なプロジェクトにも関わり、自治体と連携してきた経験も得てきた中で、逆に自治体が絡むことによって利害関係者も多数となり、結果、皆が納得し、かつ、合理的な意思決定することの難しさを実感したと言います。
さまざまな知見がまちに蓄積する場所が必要であるという気づき
このまち(特に嘉右衛門町)に関わり始めて遠藤さんが気がついたことは、研究や調査をしたいという研究者や学生がそれなりにいるということです。「私のところに相談や連絡が来るのは、私の立場上、まちづくりや都市計画を研究テーマとしたものが多いですが、ほかにも防災やコミュニティ、林業、福祉などの多岐にわたる分野での研究がされていると聞きます。それは非常に喜ばしいことなのですが、残念ながらそういった研究結果はまちに蓄積されることはなく、また残されていたとしてもどこにあるのかわからない状況にあります。」
そういった研究がこのまちの行く末を考えるにあたっての重要なエビデンスとして使われてこなかったそうです。逆に、そのような蓄積が使われることができれば、皆が納得し、合理的な意思決定に近づくのではないかと考えるようになったそうです。
このまちにアカデミックな知見を取り入れるための大学等の教育・研究機関との交流の方策を模索が始まりました。
そんななか、2023年12月に知人より連絡があり、実家を手放したいのだがどうしたらよいか相談に乗ってくれないかということで、物件との出会いがありました。水害リスクがあり、無接道宅地ということあって、不動産の価値としては低いのですが、巴波川沿いというロケーションと建物の雰囲気の良さが気に入って、この物件を「さまざまな知見がまちに蓄積する場所」にすることができないか考え始めたと言います。



水辺のリビングラボ的なものへ
「このまちの委員会や審議会等で適切なアドバイスをしてくれる学識経験者が十分に足りていない」と感じている遠藤さん。「アカデミックな知見をこのまちに取り入れていくにあたっての様々な諸問題を解決するため、リビングラボ的なものが必要なのではという仮説に基づき、この空き家を使って実現できたらいいなと考えています。」
リビングラボとは、暮らしと実験室を掛け合わせた言葉で、産官学民の様々な当事者が参加し、生活の場を実証フィールドとして「パブリックな領域に価値を生み出す」場所だそうです。
リビングラボは2000年代から欧州(特に北欧)で広がっていた手法で、社会が硬直化していく中で、生活の中でラボ=実験できること寛容さを持つことで新たな価値創造をすることの意義が広がっていった概念です。
なかなか不動産の経済的価値の中では成立しづらい場所ではありますが、遠藤さんはご自身で購入した支払い可能な金額の対価として、水辺のまちの実験場を取得したのです。
今後の展望
不動産取得の定石としてはこの物件の資産価値が気になるところですが、家族で海外旅行行ったりするとすぐ消費されてしまう金額です。
遠藤さんとしては、このエリアの持つ文化的資産や水辺を活用して、これからも人々が楽しく暮らせるようにすることを目指していきたいと考えていて、この場所にさまざまな人々が集い、知見を蓄積していくことでその状況に近づいていくのではないかと考えています。
未来の下支えとして用意した場所が将来どうなっていくのか。
現在行われている大掛かりな治水工事も相まって、巴波川との関係がアップデートされ、どのような魅力を発信していくことになるのか。「巴波川の水質を良くして、昔のように泳げる川にしたいです」と遠藤さんの夢は広がります。
この物件取得がきっかけとなってどうまちが変わっていくのか、いや川っていくのか今後もウォッチしていきたいと思います。
この記事を書いた人
ミズベリングプロジェクトディレクター/(株)水辺総研代表取締役/舟運活性化コンソーシアムTOKYO2021事務局長/水辺荘共同発起人/建築設計事務所RaasDESIGN主宰
建築家。一級建築士。ミズベリングプロジェクトのディレクターを務めるほか、全国の水辺の魅力を創出する活動を行い、和歌山市、墨田区、鉄道事業者の開発案件の水辺、エリアマネジメント組織などの水辺利活用のコンサルテーションなどを行う。横浜の水辺を使いこなすための会員組織、「水辺荘」の共同設立者。東京建築士会これからの建築士賞受賞(2017)、まちなか広場賞奨励賞(2017)グッドデザイン賞金賞(ミズベリング、2018)