2019.06.14

元荒川沿いに水辺と自治会館、公園が一体になったまちのリビング『みずべのアトリエ』が誕生

川沿いには桜の名所が数多くある。そのうちのひとつ、埼玉県越谷市の元荒川沿いに水辺と一体となって使える南荻島出津自治会の自治会館(以下自治会館)が誕生した。敷地内からそのまま水辺に繋がる階段が設置され、自由に行き来できるのである。水辺に親しめる空間が生まれるまでを聞いた。

住民の声から生まれた自治会館

現在、自治会館があるのは全64戸の住宅が並ぶ一画。ここには以前、企業の研修所、グラウンドがあった。それを取り壊して宅地開発が行われたのだが、その時点でとても珍しいことが行われた。取り壊される建物に別れを告げる棟下式(むねおろしき)と名付けられたイベントである。その際、研修所に残されていた家具や食器などの多くは地域の人たちに引き取られて行った。それまでもグラウンドは年に何度かは開放されていた土地ではあったそうだが、それでも地元の人たちからすると滅多に入れない場所。それが開発されることで身近な存在になったのである。

その後、この地ではさらに珍しい試みが行われた。この分譲地に新たに作られる自治会館の在り方、使い方をこの地域に住む人達、関わる人達で考えようという集まりだ。自治会に声をかけたのは住宅地を分譲することになったポラスグループの中央グリーン開発株式会社である。

同社にとっても、声をかけられた自治会でも初の、おそらく全国的に見ても珍しい試みだと思うが、「南荻島未来会議」と名付けられた集まりは非常に盛り上がった。初回には50人ほどが集まり、用意しておいた椅子が足りなかったほどという。

「大規模開発では自治会館を作ることが義務付けられていますが、分譲する側が自分たちの都合で勝手に作ると使われなくなってしまう可能性があります。南荻島地区の場合、すでに自治会館はあり、よく使われています。だとしたら、新しい自治会館を使ってもらうようにするためには最初から使う人達と一緒に考えたほうが良い。そこで自治会に呼びかけることにしました」(中央グリーン開発・戒能氏)。

2017年10月に始まり、2018年2月までに計4回開かれた未来会議で決まったのは共有できる場所としての自治会館、新しく作られる緑に彩られた公園、そして昔からある自然・元荒川というの3つの拠点を持つ「まちのリビング」というコンセプトだ。

自治会館と公園だけなら他の場所にもある。だが、ここにしかないものがある。住宅地の最奥部にある自治会館に隣接する元荒川河川敷だ。元荒川沿いにはちょうど、この住宅地の端にある桜を起点に下流側の約2キロに渡り、350本ほどの桜並木が連なっており、知る人ぞ知る花見の名所。それを共有できる場所に拠点を持てるというのである。使いたいと思うのは当然だろう。

会議を重ねるごとに地元の人たちのその意識は強くなったという。

「それまでも川の存在は意識していましたが、今回、何が地域の財産かを話し合っていく中で、これまで以上に大事にしたいものとして元荒川を認識するようになりました。それまで活動していた川の自然を守る活動などとも連携、地域で一致団結していこうという気運が生まれたと感じています」(南荻島出津自治会・大熊久夫氏)。

実現に向けて埼玉県と数度に渡るやりとり

とはいえ、自治会館敷地内から土手を経て河川敷との行き来を自由にする階段設置には時間がかかった。自治会サイドはそれまでの丸太を置いただけの不安定で簡易的な階段は降りにくく危険と初期から階段設置を望んでいた。だが、隣接する公園は分譲会社から市に移譲された市有地であるのに対し、土手を含め、河川敷の管理者は埼玉県。越谷市への問い合わせを経て県に相談に行ったものの、最初は許可できないと言われた。土手を掘削することで土手の強度が低下、水害への懸念があったからである。

以前からあった丸太利用の階段

しかし、同社は諦めず、市にも相談しつつ、交渉を重ねた。市は同社が地元と協議して進めてきた経緯を尊重し、河川敷を利用することが地域のためになると判断した。そこで越谷市が占有者となって設置するということで県と協議してくれた結果、県から3つの条件を提示された。ひとつは所有・管理責任は県にあるものの、できた階段を管理するのは越谷市であるため、市が管理しやすい、管理コストのかからないものにすること。二つ目は土手の形状が保たれ、安全性が確保されるものであること。そして三つ目は県が認めるデザインであること。

その要件に従い、同社は階段の構造、デザインを県に提出、河川法24条と26条(河川区域内の工作物の新築)の2つの許可を得て、ようやく設置できることになったものの、工事時期についても制限があった。雨の多い6~10月は水位が上がる可能性があるため、土手の掘削は危険というのである。そのため、11月まで待って工事を開始、完成は街びらきを予定していた2019年1月ぎりぎり、2018年12月となった。

新しく設置された階段

川が近づいたことで住民の意識が変わった

しかし、この階段が作られたことで地元の人たちの川への意識がさらに一段変わった。河川敷に繁茂していた雑草をなんとかしようと、みんなで踏みつけてミステリーサークルを作ったり、七夕に水辺で乾杯するイベントが開かれたりと、川をきれいにしよう、もっと使おうと考えるようになってきたのだ。

それは市も同様。この地の下流部分の河川敷には2008年~2009年にかけて県が整備した遊歩道がある。それを延長し、ここまで繋げられないかと思案、県に働きかけを検討しているというのである。

また、未来会議の後、自治会館を有効に使っていくために住民有志による集まり「南荻島まちづくりサポーター」が発足、活動をしているが、その中で公園敷地に面した場所に船着き場を作れないかという案が出ている。自治会館完成前、そして完成後の花見の時期と自治会では綾瀬川を拠点にゴミ拾いなどの活動を続ける草加パドラーズに協力してもらってカヌーの体験会を開いており、人気が高い。そこで常設の船着き場を作ることでいつでもカヌーが楽しめるようにしたいというのである。

カヌー体験会の様子

「イベント時には単管に板で仮設船着き場を作り、埼玉県の越谷県土整備事務所に一時使用を申請して使っていますが、いずれは県に常設の船着き場を作ってもらえないかと考えています。幸い、県は『川の国埼玉はつらつプロジェクト』という市町村主体のまちづくりと連携した水辺空間の整備、拡充に取り組んでいるところ。そこにうまく乗れないかと思っています」とサポーターの石野剛史氏。

花見の時期のカヌー体験会では私も人生初のカヌー体験をさせていただいた。両岸に桜並木の広がる元荒川を水面近くから眺めるのは美しく幸せな気分。いつでも乗れるようになったら、どれだけ人気を集めることだろう。都内の川と違い、河川敷で花見をする人、バーベキューをする人たちも多い元荒川の情景も含め、羨ましく思ったものである。

この記事を書いた人

中川寛子

住まいと街の解説者。(株)東京情報堂代表取締役。オールアバウト「住みやすい街選び(首都圏)」ガイド。30数年不動産を中心にした編集業務に携わり、近年は地盤、行政サービス、空き家、まちづくりその他まちをテーマにした取材、原稿が多い。主な著書に「この街に住んではいけない」(マガジンハウス)「解決!空き家問題」(ちくま新書)等。宅地建物取引士、行政書士有資格者。日本地理学会、日本地形学連合、東京スリバチ学会会員。

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