2015.08.31

水辺都市東京で楽しむ水上の劇場空間 〜外濠水上コンサート「奏」レポート

歴史的価値ある水辺空間で音楽を楽しみ、人が水辺に近づくきっかけづくりを創出する

徳川家康が1590年に江戸に入府し、この年から約半世紀をかけて幾重にも濠を巡らせ、江戸城防衛を目的とした惣構(そうがまえ)がつくられた。外濠水上コンサート「奏」が開催された会場である東京・飯田橋のカナルカフェは、江戸時代に造られた外濠(牛込濠)に位置する。

外濠の歴史・空間性

江戸時代に描かれた「江戸名所図絵」においても牛込濠辺りのようすが描かれており、荷物が積まれた土手、多くの人々が行き交うようすが見られ、舟運と町との密接な関係性をうかがい知ることができる。また、江戸の幕末に歌川広重によって刊行された「江戸名所百景」においても、市ヶ谷八幡を描いた図に水面がみられ、その他の図にも外濠の水面を効果的に取り入れられたものが数枚みられる。江戸時代において外濠が身近なものであったことがうかがえる。

その後、近代に入っても身近な空間として多くの絵はがきや古写真に外濠のようすが残されている。大正時代、昭和中期には、外濠の豊かな自然環境を利用して遊興の場が設けられて多くの人々に親しまれた。また、子どもたちの遊び場としても機能していた。しかし、第二次大戦後の戦後復興や首都高速道路建設などを背景として外濠の大部分が埋め立てられてしまった。現在残されている外濠はわずかとなり、1956年には国指定史跡として指定され、現在は外濠には自由に立ち入ることができない。

現在残る外濠の空間には東京の都心とは思えないほどの豊かな自然環境が広がっている。今回開催された外濠水上コンサート「奏」の会場であるカナルカフェは1918年、東京初のボート場として作られた「東京水上倶楽部」が前身である。この東京水上倶楽部が作られた当時、市民のレクリエーションの場となり、1946年にはカナルカフェの近く、市ヶ谷に釣堀場「市ヶ谷フィッシングセンター」が設けられた。この釣堀場は今でも釣りを楽しむことができる。

1990年、東京水上倶楽部を継承する形でレストランとボート場を併設したカナルカフェがオープン。当初のボート場からデッキを延ばし、テラス席を設け、水上にて食事を楽しむことができるようにした。

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カナルカフェ。右手奥の水上デッキで毎年、水上コンサート「奏」が開催される

学生のアイディアから生まれた水辺活用のイベント「奏」

2007年5月、都内9大学の大学・大学院生を集め、「景観」「自然」「水質」「活用」の4つのテーマで「外濠の水辺環境に関するワークショップ」が開催された。外濠周辺の環境や空間性を考察し、人が水辺に近づくにはどうしたらよいかということに対し、「ボートを使った水上での音楽会」「ボートから映画やダンスを見る」という、外濠を劇場空間として捉えた提案が参加した学生から数多く出された。結局、これらのアイディアから生まれたのが外濠水上コンサート「奏」であり、ボートに乗って水上から音楽やパフォーマンスを楽しむイベントが2007年7月に開催された。その後毎年開催され、今年は9回目の開催となる。

学生主体でつくりあげるイベント

外濠水上コンサート「奏」の開催をはじめた当初は、法政大学の学生団体「SOTOBORI CANAL WONDER」による企画運営であったが、ここ数年は法政大学デザイン工学部の陣内秀信研究室の修士課程の学生さんが中心となって企画・運営をすすめている。今年は25名程度の学生さんが運営スタッフとして関わった。

学生さんのなかには就職活動や論文もあり、それと両立させながらの運営ではあったが、「昨年よりもいいものをつくり上げたい」という気持ちで、団結して企画運営にあたった。「奏」のホームページやツィッターによる広報の他、チラシを自分たちで作成し、会場の近隣にある神楽坂のお店にチラシを置いてもらい、地域とのつながりを大切にすることも意識している。いっぽう、当日の舞台設営や音響については、ここ数年、法政大学の舞台技術研究会が担当している。まさに学生主体でつくりあげるイベントといえる。

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運営スタッフの学生さんたち。ボーダーのTシャツを着て皆様をおもてなし

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聴きに来て下さった参加者に、毎年、運営スタッフの学生さんが考えたお土産を配っている。今年は、水上から撮影した奏のようすの写真をプリントしたファイルケース。ちなみに昨年はコースター、一昨年はうちわだった。

今年出演のミュージシャン

毎年、ミュージシャンやパフォーマーを応募して決めている。参加希望のミュージシャンやパフォーマーは水辺の演奏に共感して応募する方々が多い。カナルカフェで演奏することに憧れて応募した方もいらっしゃった。運営スタッフが各応募者の曲を聴き、企画に合うかなどの基準を考慮に入れながら審査を行い、選出した。また、出演者のうち1組は法政大学関係のグループを選ぶこととした。

今年選ばれたミュージシャンは、法政大学Ⅱ部モダンジャズ研究会、アレイアミュージック、Asile(アジール)の3組。法政大学Ⅱ部モダンジャズ研究会は昨年につづき2回目の出演である。カナルカフェで演奏できたのがうれしく、また、心地よかったと、3組ともに演奏後に語ってくれた。

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法政大学Ⅱ部モダンジャズ研究会の演奏のようす 。昨年にひきつづき2度目の出演。会場にはご家族も駆けつけた。

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アレイアミュージックの演奏のようす。ボーカルの女性はこの日のためにハワイから来日。会場には彼女のおばあちゃんも駆けつけた。

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Asile(アジール)の演奏のようす。各地でライブを行ったり、CDを発売するなど、精力的に活動をおこなっている。

水辺の宴を楽しむ

外濠水上コンサート「奏」の鑑賞申込時に水上ボート席と陸上テラス席の、2つのタイプの席を選ぶことができる。水上ボート席はカナルカフェに常時設置されている手漕ぎボートに乗って鑑賞する。人が水に近づくというコンセプトにぴったりである。いっぽう、陸上テラス席を選んだ人たちは、水上のデッキ部分に設営されたステージ前に設けられたテーブル席から演奏を聴く。

今年は連日厳しい暑さがつづいているが、開催当日は夕方の時間になると暑さも多少和らぎ、風もそよぎ、すごしやすかった。風もそれほど強くはなく、波も穏やかで、水上ボート席の観客も波に流されずに落ち着いて観ることができている様子だった。

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水上ボート席

今年の観客数は、水上ボート席が60名ほど、陸上テラス席が90名ほどだったという。観客は20名ほどの常連客のほか、今回出演するミュージシャンの関係者、家族など、その他は過去に「奏」に関わったOBも含んでいるが、はじめて来たという人もいらっしゃった。都内からいらっしゃった方が多かったが、横浜、市川、埼玉、秋田、岐阜からも参加して下さった方がいらっしゃったという。

昨年よりも陸上テラス席を増やしたものの、うれしいことに今年は昨年よりも1週間ほど早く予約の段階で満席となり、キャンセル待ちも出たほどだ。申込を決めた理由は水辺でのイベントであることが多く、参加者のほとんどがイベントに満足したようで、緑の多い自然豊かで歴史のある、開放感のある空間で、風に乗って外濠に響きわたる音楽や歌声に、幸せな時間をすごしたようだ。そして、ボートの上から音楽を聴いた水上ボート席の多くが「とても良かった」「とても楽しかった」「ボートに乗ったのが楽しかった」と、水上での気持ちよさを実感されたようだ。

参加者から頂いた感想のなかでも私がもっとも印象に残ったのが、「地元の外濠でもこうしたコンサートの構想を提案してみたい」というもの。こうした構想や動きが各地へ広がっていったらおもしろいし、ぜひボートに乗って水上から音楽を楽しんでもらいたいと思う。

来年も継続して開催してほしいという声が多く、また、来年は10回目という節目の開催ということもあり、陣内秀信先生からも「来年の外濠水上コンサートでは何か特別な企画を考えたい」という。ぜひ期待したい。

この記事を書いた人

岩井桃子

1977年東京生まれ。法政大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。大学院に進学後に初めてオランダを訪れて以来、オランダの人々や町、デザイン等に惹かれ、アムステルダムの都市形成史をテーマに修士論文を書く。2013年、『水都アムステルダム』(法政大学出版局)を出版した。 パブリックアートの企画・プロデュース会社勤務を経て、現在は展覧会やイベントの運営、キュレーション等の活動を行っている。

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