2015.04.27

水都アムステルダムをよむ 第一回 受け継がれる「水」の文化

「やっぱり水辺は楽しいな」と思わせてくれる町、アムステルダム。

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北ヨーロッパの水都アムステルダムはオランダの首都であり、現在、人口およそ77万人の都市である。アムステルダムの中心部には多くの運河が縦横に流れ、町の重要なファクターとなっており、非常に身近に活用されている。一年のあいだに水辺で行われるイベントにもたくさんの市民が参加し、楽しむ姿を見ることができる。

さまざまな水辺のイベント

寒くて長い冬が明けた4月、オランダ国王の誕生日にはオランダ国中がお祝いムードに包まれる。アムステルダムでももちろん、町全体が祝祭ムードで盛り上がる。市内の通りではあちこちで市民によるフリーマーケットや路上コンサートが行われ、オランダのイメージカラーであるオレンジ色を主とした装飾で街は彩られる。水上にはたくさんのボートが出てみんなで国王様の誕生日を祝う。楽しい水辺の一日。街に出られずにはいられない。

オランダの国王様の誕生日では市民がたくさんのボートを出してお祝いする

オランダの国王様の誕生日では市民がたくさんのボートを出してお祝いする

夏になると、2010年に世界遺産に指定された歴史的価値のある運河のひとつ、17世紀につくられたプリンセン運河で水上のコンサートが開かれる。運河上に仮設のステージが設けられ、ライティングや音響も仕込まれ、夏の夜の宴が開催される。運河の両脇にある建物(カナルハウス)から、運河沿いの通りから、そして運河に浮かぶ船の上から、水のゆらめきや風のそよぎを感じながら、観客は歌や音楽を楽しむ。なんてロマンティックなひとときだろう。

プリンセン運河の水上コンサート会場プリンセン運河の水上コンサート会場

アムステルダムの町が1275年に出来てから700周年を記念して1975年から始まった、「SAIL(セイル)」という船のお祭りも圧巻だ。5年に1度開催され、アムステルダム市内の運河に数えきれないほどの大小さまざまな船が現れる。どこからこんなにたくさんの船がやって来たのだろうかと思わせるほどの数である。また、5年のあいだこのお祭りを待ちに待った250万人ほどの見物客が訪れる。ちなみに今年(2015年)はまさに「SAIL」の年。8月19日から23日まで開催される。もしこの期間にオランダを訪れることがあるかたはぜひ体感してもらいたい。5年に1度のめったにないチャンスなのだから。

2010年のSAILのようす。 アムステルダム中央駅前の水辺にも大小さまざまな船が往き交う。2010年のSAILのようす
アムステルダム中央駅前の水辺にも大小さまざまな船が往き交う
クラシックな船もたくさん見ることができる。クラシックな船もたくさん見ることができる
港湾地区の新しい住宅街の前を手漕ぎの船やモーターボート等が悠々とすすむ。(上3点の写真はすべて根津幸子撮影)港湾地区の新しい住宅街の前を悠々とすすむ (上3点の写真はすべて根津幸子さん撮影)

また他にも「ゲイ・プライド(Gay Pride)」というお祭りのなかではカナル・パレードがある。その名のとおりゲイのお祭りで、2015年は7月31日から8月2日の週末に開催される予定だ。カナル・パレードは、ゲイの方々が80隻ほどの船に分乗し、プリンセン運河や最古のはね橋「マヘレのはね橋」の掛かる運河など、アムステルダム中心部の運河を走るというもの。オランダでは同性愛者の結婚が許されている国のひとつであり、こうした文化が水辺にも現れるのだから興味深い。

11月半ば、オランダでは一足早くクリスマスの季節が始まる。そしてクリスマスのお祭りも水辺で見ることができる。一般的にはサンタクロースのイメージはトナカイが引くソリに乗ってやって来るが、オランダでは異なる光景が見られる。オランダでは「シンタクラース」(オランダ語で「サンタクロース」のこと)と呼ばれ、トナカイではなく船に乗ったシンタクラースがたくさんのプレゼントとともに毎年11月半ばにやって来るのだ。現在はアムステル川を下り、マヘレのはね橋を通りながらオランダ海洋博物館前に降り立つ。このオランダ海洋博物館の建物はかつてのオランダ東インド会社のオフィスとして使われていた。とても立派な建物で、当時のオランダ東インド会社の繁栄ぶりを物語っている。オランダには2回、クリスマスがあるという。1回目は水上からシンタクラースが船でやって来た後の12月はじめにあり、2回目のクリスマス(12月25日)よりも身近なイベントである。

水上の住居、ハウスボート

水辺のお祭りだけではなく、日常的にアムステルダム市民は水辺の暮らしを楽しんでいる。よく知られているところでは、ハウスボートだろうか。ハウスボートのある光景はアムステルダムの特徴の一つでもある。使われなくなった古い船を改装したものや、はじめからハウスボートとして作られたもの等、ハウスボートには2−3のタイプがみられる。運河の岸壁に固定され、ガス、電気、水道はもちろん備えられ、住所も持っている。アムステルダムの利水に関する計画資料にも、ハウスボートの分布計画図が掲載され、ハウスボートの係留できる・できない場所が図示されているほど、町にとって考慮する必要がある。

ハウスボートは若いひとたちにも人気の物件ハウスボートは若いひとたちにも人気の物件
使われなくなった船を住居に転用使われなくなった船を住居に転用

水辺のカフェ

水辺にはカフェも多い。ところによっては、水辺のデッキが設けられているカフェがあり、デッキの椅子に座りながらコーヒーを飲み、オランダではおなじみのスイーツであるアップルパイをほおばる。非常にぜいたくな時間である。また、運河の多いアムステルダムには橋も非常に多く、橋のたもとにはカフェがよく見られる。カフェの外には椅子やテーブルが置かれ、ときには橋のほうまで椅子やテーブルが置かれているところもある。天気のよい午後にはアムステルダム市民はそうしたオープンカフェでおしゃべりを楽しむ。そうした橋には新しい出会いが生まれ、運河ではボートツアーを楽しむ人たちがいて、橋のたもとにはつねに生き生きとしたドラマが繰り広げられるのだ。

橋の上のオープンカフェ橋の上のオープンカフェ
「カフェ・パックハイス・ヴェルヘミナ(Cafe Pakhuis Welhemina)」はアトリエやオフィスも併設する。 ※http://www.cafepakhuiswilhelmina.com/(オランダ語のみ)「カフェ・パックハイス・ヴェルヘミナ(Cafe Pakhuis Welhemina)」はアトリエやオフィスも併設する。
http://www.cafepakhuiswilhelmina.com/(オランダ語のみ)
カフェ「デ・ヤーレン」にて。水辺の食事が心地よい。 (http://www.cafedejaren.nl/en/de-Jaren/Home.html)カフェ「デ・ヤーレン」にて。水辺の食事が心地よい。
http://www.cafedejaren.nl/en/de-Jaren/Home.html

カフェに設けられたデッキには自由にボートをつけることができる。ボートをつけて、カフェでビールなどの飲み物や食べ物を買ってボートに戻り、ボートツアーを行うグループも多い。平日の仕事が終わった後、仲のよいひとたちとボートを出して楽しむ。

休日はより多くのボートツアーを楽しむ市民が見られる。気のおけない学生数人でボートに乗って市内の運河を巡って楽しんでいた。仲良くボートに乗る老夫婦の姿を見たときはとってもほほえましかった。ときには結婚パーティーを行っているグループに遭遇することもある。街往く人々からも祝福を受け、街がフワッと華やぐひとときである。究極なところでは、お風呂の船だって走るのだ。

ボートツアーを楽しむ人々①

ボートツアーを楽しむ人々②

ボートツアーを楽しむ人々③

こうしてアムステルダムの水辺にまつわる楽しみを挙げると尽きることがない。まさにアムステルダム市民は水辺のまちづかいを楽しんでいる。熟知している。こうした光景が日常的に見られる町は本当に楽しいし、見ている自分も「水辺ってやっぱり楽しいな」という充実感を肌で感じることができるのである。

 生き続ける水上交通

いっぽう、水上タクシーやフェリーといった水上の公共交通機関だってアムステルダムではまだまだ盛んである。アムステルダム中央駅の目の前に広がる大きな運河の対岸へ行くには、中央駅前から出ている無料のフェリー(渡船)に乗船するのが最も手軽で早い。渡船にはいくつかの路線があるので目的地によって路線を選べばよい。オランダ人にとって重要なアイテムの自転車もそのまま載せて乗船することができる。

アムステルダム中央駅そばから乗ることができる無料のフェリーアムステルダム中央駅そばから乗ることができる無料のフェリー

近年、両岸を結ぶトンネルがつくられたが、中央駅付近からのアクセスはフェリーに比べるとあまり良くない。確かに橋を架けるという案もあるが、水上の輸送が盛んであることや、船による公共交通機関の衰退の恐れもあることから、積極的に橋を架けたがらないのが事実のようだ。その他、上述した「SAIL」のような水上のお祭りにだって影響が出るだろう。「橋を架けることによって起こる事態、例えばウォーターフロントの眺めが変わることや自然環境を壊してしまうことを考えると橋はまったく必要ない」と、アムステルダム市の都市計画に関わっていた都市プランナーから聞いたことがある。

しかし、水上交通が盛んではあるものの、市がウォーターフロント開発におけるマスタープランを作成する際、市民が利用出来る島や浜を計画することを好むいっぽう、市の港湾局はそのようなアイディアを嫌う傾向にあるのが現実だという。というのは、水は船が行き来する場所であり、そうした輸送の性格を持つものとレジャーの性格を持つものを隣り合わせることに、市の港湾局は抵抗を感じるのだ。利水と親水の同居の難しい面が、アムステルダムにおいても見られる。

1275年に町がつくられ、舟運による交易でもって栄えてきた港町アムステルダム。17世紀前半に繁栄の頂点を極め、「黄金の17世紀」といわれている。その繁栄の源はまさに「水」。水は、アムステルダムの繁栄におけるキーエレメントであり、「水」の文化は現代まで脈々と受け継がれている。この町は間違いなく豊かな水辺創造のヒントがたくさん隠れている。これから数回にわたり、水都アムステルダムの魅力を紹介していきたいと思う。

この記事を書いた人

岩井桃子

1977年東京生まれ。法政大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。大学院に進学後に初めてオランダを訪れて以来、オランダの人々や町、デザイン等に惹かれ、アムステルダムの都市形成史をテーマに修士論文を書く。2013年、『水都アムステルダム』(法政大学出版局)を出版した。 パブリックアートの企画・プロデュース会社勤務を経て、現在は展覧会やイベントの運営、キュレーション等の活動を行っている。

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