2014.07.22

船の上はクリエイティブ・ユートピア!?

船に乗ると人は普段よりクリエイティブになる?台湾人クリエーターが開催した「東京湾ボート会議」に同乗し、“船上クリエイティブ効果”について検証してみた!

ウー・ダークン氏(吳達坤、国立台北芸術大学関渡美術館チーフキュレーター/アーティスト)が運営する国際アートプロジェクト“アジア・アナーキー・アライアンス”(※)は東アジアのさまざまな社会問題を俯瞰し、クリエーター同士の横の繋がりを深め、クリエイティブな発想で解決していこうというもの。東京での会議の会場としてウー氏が選んだのはなんと船の上だった。波に揺られ、風を感じ、頭上に大空が広がる超非日常空間で行われた「東京湾ボート会議」。今回はこの船上会議を題材として、船とクリエイティブの意外な関係について探ってみたい。

(※)主催:国立台北芸術大学關渡美術館、公益財団法人東京都歴史文化財団トーキョーワンダーサイト  助成:財団法人国家文化芸術基金会(台湾)など

乗船した“エスエス・ナノ号”は屋根がないオープントップの双胴船だ。開放感があり安定感が高いのが特徴。2014年2月6日、当日の天候は北寄りの風で寒かったのだが、その他は非常に快適でスムーズな航海だった。中央区の日本橋桟橋を午前9時頃出航し、都内の水路を経て羽田空港沖まで航行、滑走路のすぐ脇に停泊して2時間ほどの会議を行った。合計4時間ちょっとのプチ船旅である。

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ウー・ダークン氏は国立台北芸術大学関渡美術館チーフキュレーターも務める気鋭のアーティスト。
当然のことながらクリエイティブ(=創造性)に対する知見は深く、人がクリエイティブになるためには何が必要かを知るその道のプロだ。

会議には日本、中国、韓国、台湾から6名の著名なクリエーターが参加した。現代アーティスト集団「西京人」から小沢剛氏、チェン・シャオション氏、ギム・ホンソックの三氏、建てない建築家の坂口恭平氏、ゲストとして社会学者の毛利嘉孝氏、そしてウー・ダークン氏が司会を務めた。

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乗船の瞬間はやっぱりテンションが上がる!日本橋桟橋から隊列を組んで気合いたっぷりに乗船するメンバーたち。
雰囲気は“宇宙戦艦ヤマト、発進!”くらいの勢い。

船の特徴とは?

船上で会議する、というのは言うまでもなくかなり特殊な状況だ。経験したことがある人はそんなに多くはないはず。そこで船の特徴とは何なのか考えてみたい。通常の機能で言えば移動手段、運搬手段ということが挙げられる。また居住空間という要素もあるだろう。そこまでは他の多くの交通手段と大差はない。しかし船の特徴はそれだけではない。

まず、陸地を離れるという非日常性。これは普段の生活空間からやや離れるということを意味する。それから水に浮かんでいるという不安定さ。ちょっとした興奮と不安が入り交じる。また“呉越同舟”という諺が表す通り、閉ざされた空間に居合せた他人同士がひとつの目的地を目指すという、ある意味での不自然さがそこにはある。これは僕自身の体験だが、船の上では他者とごく自然に交わる状況が生まれ、コミュニケーションが活発化するという特徴もある。

フランスの哲学者ミシェル・フーコー(1926年-1984年)はヘテロトピア(=Heterotopia)という考え方を提示している。ヘテロトピアとは、理想郷としてのユートピアではなく、日常の延長線上にあるが、日常から切り離された現実世界のユートピアという意味である。(※)彼はヘテロトピアの例として、博物館、図書館、学校、テーマパーク、そして船を挙げている。つまり船というものはこの世に実在する本物のユートピアだと言っているのだ。

確かに船から都市の水辺を眺めているとなんとも幸せな光景に出会うことがある。例えば川を流れる風の清々しさ、水面(みなも)の光の反射。また視界が広がるため、空の広さをもろに感じることができる。ちょっとマニアックなところでは、爆走している電車を鉄橋の下から眺めたり。(これは鉄道好きには堪らないらしい)。水辺のビルの非常階段でホッとタバコをふかす人を発見、なんてこともある。さらに、船で通りかかっただけなのに手を振ってくれる女性に出会うこともあるのだ。(東京の路上でこんな優しい女性に出会うことはない)。こうした光景は普段の生活とは全く異なる体験であり、新鮮で刺激的だ。船に乗るということは、ある意味で我々の日常の常識を適度にほぐしてくれるという効果がある。
(※)ミシェル・フーコーのレクチャーよりMichel Foucault, “Of Other Spaces.” Diacritics, Johns Hopkins University Press, Baltimore,1986, pp.22-27.

”船上クリエィティブ効果”に関する仮説

身内の話で恐縮だが、我々BOAT PEOPLE Associationのメンバーにはジンクスがある。それは、船上で会議をやるとやたらに面白い案が飛び出してくる、というものだ。議論が活性化されてひらめきが生まれるケースが非常に多い。船上の会議は陸上の会議とは何かが違っているのだ。これは単に我々が船や水辺が好きだからという理由だけでは説明しきれないものだと思っている。
そして、そこから出た仮説は“船に乗ると人は普段よりクリエイティブになれる”というものだ。つまり船は単なる移動手段ではなく、人をクリエイティブにしてしまうある種の“装置”ではないかーーーこの効果をここではあえて“船上クリエイティブ効果”と呼んでみたい。

クリエイティブとは?

ところで、そもそもクリエイティブ(=創造的、独創的)とはどんな意味だろうか?読者の中にはクリエイティブという言葉から広告業界用語を連想する人もいるかもしれないが、ここではもっと普遍的な幅広い意味を考えてみたい。

いきなり大きな話になってしまうが、英語のCreatorとは創造主、つまりユダヤ・キリスト教における神であり、最初に万物を作り出した者ということになる。それならば、クリエイティブ=新しい物事を作り出す力、と定義してみるのはどうだろうか。
それでは新しいことをするためには何が必要かといえば、やはりなんといっても自由な精神状態は重要だろう。なぜなら思考的に縛りがある状態では創造の範囲を広げることができないからだ。

その意味ではクリエイティブとは、固定化された既存の価値観を打ち破ることと言ってもよいだろう。常識を疑ってみる、と言い換えても良いかもしれない。常識や縛りに対するこだわりを捨てた状態が真のクリエイティブが発生する状態だと言ってもよい。

ちょっと話が大きくなり過ぎた。日常に落として考えてみよう。創造性のはじまりは素朴な疑問からスタートすることが多い。つまり、「それって・・・そもそも何なの?」というシンプルな質問だ。普段から見えている物事を違う角度から俯瞰し、微細な違いに気付くことがスタートだと言ってもよいだろう。さらに人がクリエイティブになるためには共通の問題意識を持つ者同士が集まり、横につながることにより質の高いコミュニケーションが保たれている状態が重要だという指摘もある。

社会学者のリチャード・フロリダは著書『クリエイティブ資本論――新たな経済階級の台頭』(※) の中で、脱工業化した現代における経済成長の鍵はクリエイティブだ、と説いている。またクリエイティブな人材をより多く集積させた都市のみが国際競争で生き残ることができる、とも語っている。クリエイティブはもはやアーティストやミュージシャンだけの専門分野ではなく、今日ではサラリーマンから経営者、技術者、スポーツ選手まで、誰もがクリエイティブになることができる社会であり、またクリエイティブな人材がより多く、ネットワークされた社会が経済成長できるというのだ。

(※)The Rise of the Creative Class: and How It’s Transforming Work, Leisure, Community and Everyday Life, (Basic Books, 2002). 井口典夫訳『クリエイティブ資本論――新たな経済階級の台頭』(ダイヤモンド社, 2008年)

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ウー氏の司会により討議開始。遠くに見えるのは房総半島。
陸地からわずか300メートルの海の上だが、視界は限りなく広い。

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羽田空港を離陸した飛行機が真上をかすめて行く非日常性たっぷりの空間。議論は次第に熱を帯びて行く。

”船上クリエィティブ効果”という仮説の検証

今回のボート会議は気温が低かったため、特に後半は寒さに気を取られてしまったのは事実である。しかしそれを差し引けば概ね晴天に恵まれ、全体として見れば快適なクルージングであり、活発な議論が行われた会議であった。とりわけオープンデッキの開放的な雰囲気がクリエーターたちの五感を刺激したことは想像に難くない。またチャーター便を準備したことにより行き先やコースを自由に選択することができたことが場の盛り上げに一役買ったことも確かだ。実際途中で何回かコース変更したり、寄り道したりしたこともあった。結果として、クリエイティブに必要不可欠な“自由さ”をある程度用意することができた。

参加者は住み慣れた陸地から少しだけ離れ、いつもとはちょっと違った角度から街を眺め、風や光をもろに感じながら航海を楽しんでいた。また船に乗るという共通体験を通じて参加者同士のコミュニケーションが円滑になり、お互いに親近感が増しているとも感じられた。このような中、参加者は極めて非日常的な体験を共有することができたのである。
ところで、船が人をクリエティブにするという感覚は、後日行われたウー氏へのインタビューの中にも読み取ることができる。

主催者ウー・ダークンへのインタビュー

そもそも、なぜボート会議を思いついたのですか?
水は天からのギフトだと思っている。僕は幼少のころから自然を楽しみ、自然をリスペクトする気持ちが大きい。海水浴、海遊び、釣りなど自然との付き合い方を水辺の遊びから学んだんだ。そして水には自由がある。今回の会議は自由な会議にする必要性があった。単なる美術展覧会ではなく、社会的かつ自由なソーシャル・ムーブメントだということを強調したかった。
東京の水辺の印象は?
非常に興味深かった。日本には8回以上来ているが、これまでとは全く違う印象を持った。水辺の工場、空港、倉庫、住居などが川の両岸に密集しているのにも驚いた。とくに橋の裏側などというものは普段の生活では絶対に見ることができないもので、ともて興味をそそられた。川は一見土地を分断しているようにも見えるが、一方では場所と場所を繋いでいる存在だということにも気付いた。東京という都市の全く違う一面を見ることができたと思う。
今回あえて日本橋から出発することにこだわっていたが、その理由は?
日本橋の橋の真ん中には日本国道路元標(道路の起終点を示すプレート。1911年(明治44年)設置された。)があり、ここは日本の道路ネットワークの中心地点だ。ここから海に向かって船出するということは、システムから離れることを意味し、我々の自由主義(=リベラリズム)への願望を象徴している。
あなたにとってアート、もしくはクリエイティブとは?
アートというのは、二つの力を鍛えるものだという宮島達男氏(現代美術家)の意見に共感している。一つは、「想像力」。つまり人を思いやり、他者の痛みや苦しみまでも自分のものとして想像できるイマジネーションの力のこと。この力は人々のニーズを的確に捉え、人々や社会の課題を掴む力でもある。
そして、もう一つは、「創造力」。これは、新しいものを生み出す力、クリエイティブの力。これは、難しい課題や困難に直面したときに、新しい発想で問題を解決できる力であり、イノベーションを起こす力でもある。
この2つの力が他者と共感し、他者とつながって新しい価値を生み出だすことができると思う。
今回の船上体験はあなたにとってどんな意味があったと思いますか?
船は日常性とイマジネーション・・・そうした相反するものを同時に載せ、互いに共振させながら運ぶことができるクリエイティブな乗り物だと思う。(相反するものを共振させるという)この行為は、(今回の会議のメインテーマである)現在のアジアの政治状況に対する我々のリアクションでもある。

まとめ

今回の船上会議の結果とインタビューだけで船が人をクリエイティブにする、という結論を出すのはやや性急すぎるかもしれない。ただ、船というものが人の思考のどこか深い部分に働きかけて視点を少しずらす手助けはしてくれるのは確かなようだ。少なくとも船は単なる移動の道具ではなく、クリエイティブのきっかけを作り出す可能性を秘めていると言うことはできるだろう。

今日、クリエイティブはアーティストやクリエーターだけのものではなく、年齢、性別、職業を超えてさまざまな人にとって必要な思考方法になってきている。そこで、読者の皆さんにはぜひ一度船上体験することをお勧めしたい。そしてご自分の感覚で“船上クリエイティブ・ユートピア”を感じて確かめていただければと思う。

ところで航海が帰路にさしかかったときのこと。議論が白熱しはじめ、まだまだ話足りないという状況になった頃、北風が強くなり始めた。メンバーたちは寒さを凌ぐためにテーブルの下に潜り込んで討議を続けた。面白かったのは、この時がじつは最も深くてクリエイティブな話ができた、と参加者の一人が後から語ってくれたことである。この時間帯は議事録にも残っていない空白の時間帯なのだが、互いの政治的スタンス、自国のアート界の問題点まで、かなりつっこんで話し合いをしたようだ。こうした予期せぬ天候の変化が乗船者同士の親近感を深めたのも“船上クリエイティブ効果”だと言ってもよいかもしれない。

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この日は寒かった!帰路、テーブルの下に潜り込んで寒さをしのぐメンバーたち。
テーブルの下はお世辞にも快適とは言えない空間だったが、参加者の一人は、じつはこの時最も深くてクリエイティブな話ができた、と後から語っていた。
これも“船上クリエイティブ効果”?

航海の最後にアジア・アナーキー・アライアンスの調印式が行われた。合意書には難題山積の東アジアの社会・政治状況を乗り越えていくため、互いに連携して取り組んでいく旨が記されており、参加者全員で署名をし、新たな出発を祝った。ほどなくして船は都心の桟橋に着岸し、参加者はそれぞれの日常へと戻っていった。

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東京湾ボート会議に出席したメンバー。
左から毛利嘉孝氏、坂口恭平氏、ウー・ダークン氏、小沢剛氏、チェン・シャオション氏、ギム・ホンソック氏。

お知らせ

BOAT PEOPLE Associationではさまざまなスタイルの船上会議のお手伝いをしております。常識が揺らぐようなクリエイティブな会議をしてみませんか。お問合せは下記まで。

この記事を書いた人

一般社団法人BOAT PEOPLE Association 代表理事

井出玄一 /GenIde

ロンドン芸術大学 CCWカレッジおよびロンドン・カレッジ・オブ・ファッション 国際事業参与 公益財団法人リバーフロント研究所主催の”水辺とまちのソーシャルデザイン懇談会”コメンテーター プラントエンジニアリング会社、店舗開発、地域振興系シンクタンクなどを経て現職。 川から日本がカワることを目指しています!ミズベリングはカワリング!

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