2026.05.21
出島表門橋を磨き、愛でる「はしふき」が200回目を迎えた日
みなさん、こんにちは!ミズベリング・プロジェクトの真田武幸です。水辺を愛する皆さんに、ぜひ知ってほしい場所があります。それは、長崎の「出島」。かつて日本で唯一、世界に開かれていたこの場所に、2017年、約130年ぶりに「出島表門橋(でじまおもてもんばし)」という新しい橋が架かりました。実はこの橋、ミズベリングにとっても非常に縁の深い存在なんです。2014年3月、ミズベリング東京会議でミズベリング・プロジェクトが産声を上げた直後、二子玉川で行われた最初のイベント「ミズベリング・ニコタマ会議」のテーマこそが、当時まだ計画段階だったこの出島表門橋でした。それから12年。2026年5月11日。この橋の袂で、ある特別な「日常」が節目を迎えました。

5/11 200回目はしふきの様子(真田撮影)
橋を愛し、磨き続ける活動「はしふき」。記念すべき第200回目の活動が先日行われました。橋を磨くことは、愛を育むこと。「はしふき」とは何か?文字通り、市民が自らの手で橋を拭き、清掃する活動です。毎月第2・第4月曜日の18時00分。誰に頼まれたわけでもなく、設計チームの有志でつくった「DEJIMA BASE(デジマ・ベース)」という市民団体を中心に、橋を愛する人々によって続けられてきました。
出島表門橋架橋プロジェクト
https://www.facebook.com/dejima.again
出島な写真展
https://www.instagram.com/dejimabase/
「土木のメンテナンスを、もっとポジティブに捉え直せないか」
そんな思いから始まったこの活動は、単なるボランティア清掃ではありません。参加者は雑巾を手に、表門橋の美しいカーブに沿って、撫でるようにゆっくりと橋を拭いていきます。自分の手で触れ、その感触を確かめる。この「身体性」を伴うプロセスこそが、インフラに対する不思議な愛着を生むのです。「はしふき」は、自分の街を自分たちで考える「自治の風景」そのもの。それは慈善活動ではなく、この場所を愛する人たちが、自分たちのために集まるゆるやかな場なのです。

5/11 200回目はしふきの様子(真田撮影)
200回目。「はしふき」の輪。2026年5月11日、200回目を迎えた当日は晴れやかな笑顔が集まりました。「最初は数人で始めた活動が、まさか200回も続くなんて」そう語るのは、DEJIMA BASEのメンバーたちです。当初、出島表門橋の架橋に対しては、市民の間で「観光客のためのもので、自分たちには関係ない」という誤解や、反対運動さえありました。しかし、地道な「はしふき」の継続やSNSでの発信、公園の利活用サポートなどを通じて、少しずつ、でも確実に、橋は「市民にとって自分事の場所」へと変わっていったのです。この日の200回目には、長崎大学の学生たち、地元の商店主、市役所の職員、そして遠方から駆けつけたファンなど、多様な顔ぶれが揃いました。みんなで横一列になり、橋の床板に打たれた、かつての橋の姿を示す「鋲」の周りを丁寧に磨き上げます。

5/11 200回目はしふきの様子(真田撮影)
ここで少し、私とこの橋の「仕掛け人」の一人との思い出を語らせてください。この橋のデザインを手がけた「ネイ&パートナーズジャパン」の代表取締役、渡邉竜一さんです。

ミズベリング・ニコタマ会議(2014.10)に登壇時の渡邉竜一氏
渡邉さんと私の出会いは、2005年に遡ります。首都高速中央環状新宿線の、まだ開通前の巨大な山手トンネル。地下30メートル深くに掘られた直径12メートルのトンネル空間の中で行われた伝説のイベント「地底ファッションショー」を一緒に作り上げました。当時から、彼は構造物に対する並外れた情熱を持っていました。その後、「橋のデザイナーになる」と言ってベルギーへ渡り、数年後にこの出島表門橋のプロジェクトを引っ提げて帰国。ミズベリング・ニコタマ会議や、長崎での最初の地域会議(ミズベリング岩原川会議)でも、ゲストとして登壇してくれました。設計者が完成して終わりにするのではなく、市民と一緒に橋を磨き、使いこなしの風景までデザインする。彼が提唱した「自主性を許容する精神」と、リーダーシップとフォロアーシップのバランスは、今の「はしふき」の心地よい空気感の土台になっています。

ミズベリング岩原川会議(2014.10)の様子
しかし、この200回という大きな節目を前に、私たちは悲しい別れを経験しました。この橋の生みの親とも言える渡邉竜一さんが、2026年1月に急逝されました。あまりにも早すぎる旅立ちに、言葉を失うばかりです。渡邉さんが情熱を注ぎ、自らも雑巾を持って磨き続けてきたこの橋は、今や彼の遺志を受け継ぐ多くの市民の手によって、さらに美しく輝いています。今回の200回目は、渡邉さんへの深い感謝と哀悼の意を込めて、みんなで心を込めて磨き上げました。
私は長年、「打ち水大作戦」やNPO活動を通じて、「社会課題を『この指とまれ』の形で解決する」ソーシャルデザインに携わってきました。その視点から見ても、「はしふき」は究極のソーシャルデザインです。普通、インフラのメンテナンスは「面倒な義務」や「行政の仕事」と思われがちです。しかし、はしふきはそれを「遊び」や「交流」の要素を含んだ、自発的な「愛でる行為」へと変換しました。年度計画も予算も、ノルマもない。ただ「この場所が好きだから」という思いだけで200回継続されたという事実は、日本の水辺活用の未来に、大きな希望を与えてくれます。

200回目を終えた「はしふき」参加者集合写真(提供:DEJIMA-BASE)
その希望は、今や長崎の地を越えて広がり始めています。愛知県岡崎市にある乙川にかかる「桜城橋(さくらのしろばし)」でも、この「はしふき」の精神が受け継がれ、活動が行われるようになりました。橋のデザインやメンテナンスを「自分たちのこと」として楽しむ風景が、別の街でも生まれている。これこそが、渡邉さんたちが蒔いた種が、しっかりと各地で芽吹いている証拠と言えるでしょう。

『桜城橋ふき』の様子(提供:ONE-RIVER)

『桜城橋ふき』の様子(提供:ONE-RIVER)
桜城橋ふき
https://one-river.jp/programs/programs/hashi-fuki.html
これからの「出島の風景」へ。200回を終え、橋はまた一段と輝きを増しました。出島表門橋は今や、市民に最も利用される公園の一つとなり、高校生のダンスイベントや写真展など、日常的に多様なアクティビティが生まれる場所になっています。130年ぶりに架かった橋は、単に歴史を繋いだだけでなく、市民と水辺を、そして人と人とを「愛着」という強い絆で結び直したのです。「はしふき」は、これからも続いていきます。もし皆さんが長崎を訪れることがあれば、ぜひ第2・第4月曜日の夕方に足を運んでみてください。そこには、世界で一番大切にされている橋と、それを支える最高の仲間たちの笑顔があるはずです。次は300回、そして500回へ。

200回目の「はしふき」を終えて記念の乾杯を行った様子(提供:DEJIMA-BASE)
ミズベリングも、この美しき「日常」をずっと応援し続けます!
ミズベリング・プロジェクトの立ち上げからプロデュースに携わるほか、ほこみちプロジェクト、G-ROUTEプロジェクト、おもいやりライト、打ち水大作戦、TEAM BEYOND「HEROプロジェクト」など各種行政に関わる取組の広報企画を手掛ける。個人としては秋葉原で社会貢献を行うNPOリコリタの様々な活動を主宰するとともに、食×農業×カルチャーの新メディア「電農街」を手掛ける。
