2024.03.01

なぜ埼玉県では水辺活用が盛んなのか?15年間に渡る県の取り組み、職員のパワーを分析

埼玉県では、2007年から「川の再生」として河川空間整備・活用の取組を行っています。活用に特化した「水辺空間とことん活用プロジェクト」では、17ヵ所が都市・地域再生等利用区域に指定され、川沿いのカフェ、バーベキュー場、グランピング場などを実現しています(2024年1月確認[i])。
今回の記事は、修士研究の一環で埼玉県職員のI氏にヒアリングさせていただいた内容を基に執筆しています。

まずは埼玉県の「川の再生」の取り組みの概要を少しご紹介します。これまでに多くのプロジェクトが実施されてきました[ii]。これらの河川整備の一部は、県予算を独自に確保して実現しています。

  • 水辺再生100プラン
  • 川のまるごと再生プロジェクト
  • 水辺空間とことん活用プロジェクト
  • 川の国埼玉 はつらつプロジェクト
  • Next 川の再生『水辺deベンチャーチャレンジ』

埼玉県「川の再生」の特徴は、河川管理者である県が自らプロデューサーとなり、事業者・地域団体などの相談に応じて事業に適した河川空間を紹介したり、河川空間の特性に合わせた事業者・地域団体などへのアプローチを行ったりしていることです。これにより、川の再生の15年以上の取組により掘り起こされた河川空間活用の可能性を実現につなげてきました。

「とことん活用プロジェクト」で特区指定された大相模調節池にて開催されたLake & Peace 2022の様子(筆者撮影)

 

■「川の再生」の経緯

埼玉県による「川の再生」のスキームは、これまで15年以上をかけて、何度も見直されながら発展してきたものです。

埼玉県「川の再生」におけるスキームの変遷(筆者作成)

上の図は、ヒアリングおよび文献調査を基にして、「川の再生」の各段階におけるスキームを図示したものです。さらに各段階における社会的ネットワークの形成に着目して、次のように「濃淡」をつけた表現を試みます。プロジェクトの「コア」となる個人や団体がいて、その周辺に役割や責任の度合いに応じた「濃淡」ある参加者が集まることで、充実した社会的ネットワークが形成されているのではないか、という仮説に基づいています。なお、一般的にこれらの「濃淡」は固定的でなく、段階ごとに異なる個人・団体が「コア」となりうるなど、移り変わるものと捉えています。

「濃淡」をつけたスキーム図の凡例(筆者作成)

「川の再生」の取組が始まったのは2007年。「川の国 埼玉」と銘打ち、「清流の復活」「安らぎとにぎわいの空間創出」を二本柱とする「川の再生」プロジェクトが始まりました。きっかけは、上田知事(当時)の二期目の政策の目玉となったことでした。芝川の水質再生がテレビ番組で放映され、反響を呼んだという経緯もあったそうです。2008年には知事の号令で「水辺再生推進室」が作られ、県土整備部から河川砂防課の職員、環境部から水環境課の出向職員、農林部から農村整備課の出向職員などが集められました。その後水辺再生推進室は2009年に水辺再生推進課になり、「川の再生」のために集められた分野横断的な職員が活動する部署が常設となりました。

2008-2011年で行われた「水辺再生100プラン」は、河川環境に関心を持つ地域団体や市町村がいる水辺を約100ヵ所県内から選定し、県と地域団体による協議会を設立して、県予算で水辺整備を行うプロジェクトでした。結果として、河川70、農業用水30の計100ヵ所が100プランの再生箇所として登録されました。2008年から2015年までは80億円規模の「埼玉の川・愛県債」が発行され、河川環境整備事業に充てられました。

「水辺再生100プラン」におけるスキーム(2008~)(筆者作成)

2012-2013年には「川のまるごと再生プロジェクト」が実施されました。地元市町村のプレゼンに基づいて事業を選定し、市町村や地域団体の取組に合わせて県予算も用いながら、水質向上や親水性向上を行うプロジェクトでした。「水辺再生100プラン」では地域団体に任せた維持管理活動が継続しない事例があった経験を活かし、市町村中心のスキームに変更されています。2012年には10ヵ所(河川6、農業用水4)、2013年には7ヵ所(河川4、農業用水3)の事業が選定されました。2016年からは観光や地域振興を主眼とした「川の国埼玉 はつらつプロジェクト」が同様のスキームで行われ、2017年に28ヵ所(河川21、農業用水7)が選定されています。

「川のまるごと再生プロジェクト」(2012~)「川の国埼玉 はつらつプロジェクト」(2016~)のスキーム(筆者作成)

2013年開始の「水辺空間とことん活用プロジェクト」は、県予算はないものの、県職員が市町村および事業者・地域団体などに働きかけ、河川空間活用のプレーヤーを増やしていく取組です。一方で、埼玉県では河川敷地の特区占用においても占用主体は市町村に限っているため、事業者などは占用主体と施設使用契約を結んで営業行為を行います。また特区指定に必要な地域の合意は市町村が設立した利用調整協議会によって得る形に一本化しています。これにより県は、事業者・地域団体による積極的な参画と、市町村による継続性の担保のバランスを取っていると言えます。2021年からは、県予算を用いて事業者・地域団体等による活用実態に合わせた水辺空間整備を行う「Next 川の再生『水辺deベンチャーチャレンジ』」も行われています。

「水辺空間とことん活用プロジェクト」(2013~)のスキーム(筆者作成)

「Next 川の再生『水辺deベンチャーチャレンジ』」(2021~)のスキーム(筆者作成)

特区占用が行われるとことん活用プロジェクト[iii]が適用された事例の代表的なものは、

  • 飯能市入間川の飯能河原(100プラン・はつらつで整備、とことん活用で特区指定)
  • 狭山市入間川の入間川にこにこテラスに位置するカフェ(とことん活用で特区指定)
  • 春日部市大落古利根川の大落古利根川河川広場(100プランで広場を整備、まるごと再生で遊歩道・階段護岸等を整備、とことん活用で特区指定)

などが挙げられます。入間川にこにこテラスのカフェは以前のミズベリング記事でも紹介されました。

 

■埼玉県職員の方々のパワー

私は、埼玉県の「川の再生」の取組の肝になってきたのが、県職員の方々だと捉えています。例えば前述の「水辺空間とことん活用プロジェクト」では、県職員の方々が市町村および事業者・地域団体などに働きかける取組がなされました。

「川の再生」の各プロジェクトは継続して応募することができるため、複数のプロジェクトに引き続き選定されている地域もあります。県はこれまでの「川の再生」関連プロジェクトで設立した協議会などを通じて県内の多様な河川環境の活用可能性を把握し、市町村および地域団体との繋がりを培ってきたと言えるでしょう。また全庁的な県内企業の把握の取組や、環境部水環境課による河川協力団体の把握の取組との連携も行われてきました。これらが、県職員が事業者・地域団体などと河川空間とのマッチングを行ったり、地域団体同士の連携で新たな動きが生まれたりするきっかけになっていると考えられます。

例として、県職員のI氏がこれまで「川の再生」の取組にどのように関わられてきたかをご紹介します。I氏は子どものころから埼玉県の川で遊んだ経験を持ちます。「川の再生」が立ち上がった当初から河川砂防課の担当として関わる中で、河川行政が治水一辺倒から変わろうとしていることに面白さを感じました。異動により担当を長く離れた間も、プライベートで河川空間活用のイベントに参加したり、現場の活用の担い手の方々と交流を続けたりしていたそうです。その活動が県庁内で認められたこともあってか、再び河川環境課の担当職員として河川空間活用に携わることになります。このように、行政職員につきものの異動を乗り越えて、熱意のある担当の方が河川空間活用に携わり続けているのが、埼玉県「川の再生」のもう一つの特徴と言えます。


埼玉県職員I氏が「川の再生」に取り組んできた経緯(I氏へのヒアリングをもとに筆者作成)

荒川流域のうち埼玉県にかかる面積は県土約3797 の2/3で、荒川流域の市町人口は約460万人、利根川流域の市町人口は約281万人と、合計すれば埼玉県民約733万人に匹敵します。そんな川が身近な埼玉県で、河川空間が持つ魅力にもっと気づいてほしいと考えるI氏のような方の活動が、埼玉県の河川空間活用をより魅力的にしているのだと思います。

[i] https://www.pref.saitama.lg.jp/a1008/kawanosaisei/kuikisiteiitiran.html

[ii] https://www.pref.saitama.lg.jp/a1008/kawanosaiseikaseniji.html

[iii] https://www.pref.saitama.lg.jp/a1008/kawanosaisei/tokoton-pt.html

 

この記事を書いた人

齋藤悠宇

ミズベリング事務局のみなさまにお世話になりながら、修士研究を発端に、「ミズベリング」についての事例ヒアリングを進めている齋藤悠宇と申します。株式会社日建設計総合研究所に勤務し、普段は都市にまつわるデータ分析や都市計画の制度面支援を仕事としながら、個人としての活動で水辺空間活用の研究を継続しています。今後もミズベリングに携わる方のヒアリングを通して、水辺空間活用において重要な「中間支援」の役割を果たす個人に着目していきたいと考えています。

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