2021.12.10

日本一豊かな水辺を目指す「水郷ひた」のミズベリング

「豊かな水辺とは?」と問われると、皆さんどんなイメージが思い浮かぶでしょうか?

人がたくさんいる、多種多様な生き物が生息する、近隣のお店がにぎわっている、関わる人々によってそのイメージは変わってくると思います。

-「かわまちづくり」という言葉が大きすぎてまとまらなかった話し合い-

2020年10月、国土交通省が取り組む「かわまちづくり」支援制度の充実・改善に向けた試行モデル地域として大分県日田市の隈地区が選ばれたことを機に、川を使ったイベントなどに関わっている団体、観光関係者、行政職員など約30名が集まって勉強会が始まりました。

隈地区では、平成17年~21年にかけて「隈地区かわまちづくり」として川沿いの散策路などが再整備されていたほか、コロナ禍以前は毎年数多くのイベントが当たり前のように行われていたことなどもあり、話し合いを進めるうちに「かわまちづくりのゴールはなんなのか?」「目指すべきものが提示されないと行政としては協力できない」「結局誰がやるのか?」など様々な問題が浮上し、かわまちづくりやミズベリングに取り組む意味、何を目指すのかなどをゼロから考え直すきっかけとなりました。

私たちの住む水郷日田は「水で潤い水によって災害がおきている」、まさに水とともにある地域です。

これまでも水辺を活用した実証実験やイベントなどを行い、毎回それなりの集客はできている一方で、事務局側ではマンネリ感や世代交代の問題など、なぜそれが続かないのか、その問題点はどこなのかなど、ここ数年にわたって何度も議論されてきた経緯があります。

「今回もまた議論だけなのか?」「結局何をすればいいのか?」「意見を言うだけではなく誰が行動に移すのか?」おそらくその場にいた誰もが思ったことでしょう。

-隈地区の特徴-

隈地区は、筑紫次郎とも呼ばれる九州一の大河、筑後川の上流(日田市では三隈川(みくまがわ)と呼ばれます)に位置し、江戸時代には木材運搬の集積地として商家が軒を連ねる商人の町として、現在はその名残もとどめながら、温泉旅館や飲食店も並ぶ観光地となっています。

ちなみに、日田市の特徴を表す「水郷」は、一般的に「すいごう」と読みますが、水も山も人情も清らかであることを示す言葉として(濁らない)「すいきょう」と読むと言われています。

また、目の前に広がる三隈川の水面は、約400年の歴史を持つ屋形船や鵜飼い、70年以上続く花火大会などが現在も続くほか、年に数回は子供たちが泳いだり、カヌーに乗ったりするイベントも行われています。

そのほか、昭和50年代頃までは日常的に貸しボートや遊泳でにぎわうなど、まさに水郷の代名詞とも言えます。

三隈川と隈町旅館街の眺め

庄手川沿いに並ぶ旧商家の家並み

三隅川に浮かぶ屋形船(日田市提供)

 

昭和30年代のにぎわい(写真集「水郷日田~川の記憶~」より)

三隈川の鵜飼い(日田市提供)

-先進事例から学び「豊かな水辺」という理想を掲げる-

 今回の取り組みがこれまでとは違う一つに全国各地で先進事例が見え始めていたこと、それらの情報を知り得る手段(SNSなど)が整っていたことがあります。

コロナ禍で進んだWEB環境も活用し、愛知県岡崎市の事例(おとがワ!ンダーランド、QURUWA戦略の取り組み)と新潟市の事例(信濃川やすらぎ堤の取り組み)について、組織づくりやイベント内容、その過程での工夫や苦労話などを聞かせていただき、多くのヒントを得られました。

これを機に様々な関係者が集う勉強会とは別に少人数で話し合う場を設け、それぞれが立場を離れて「出来る出来ないではなく、隈地区にとってどうなることが理想形なのか?」を出し合いました。

みんな川が好きで自分たち故郷の景色に誇りを持っている方々です。

「日常的に人がたくさん来ればいい」「川を眺めながら美味しいビールが飲みたい」「子どもたちが泳げる川に」「底が見える綺麗さがほしい」「楽しめるアクティビティがあるといいよね」「お金が回るようになったら最高」などなど望むことを出し合い、その全てを包括して「豊かな水辺」と定義したのです。

様々な生き物が暮らせる水辺→水質の向上→水質の向上により子供たちが泳ぎ遊ぶ→遊ぶためのアクティビティ→アクティビティを通して人が集まる→民間事業者の参入→参加者の増加により多くの民間事業者の参入→にぎやかな風景の日常化→環境の保護やルール作り→様々な生き物が暮らせる水辺といったように、活用が好循環を生むループをつくる、その為に「豊かな水辺」という理想を掲げました。

 

三隈川リバーフェスタ名物ターザンロープ

-川を楽しむという原点を見せてもらった「リバリバ」の活動-

「豊かな水辺」という理想のもと、ステークホルダーたちによる役割分担などを示した運営組織図などを作成し、早速具体的な準備を進めようとしたのですが、コロナ禍で歴史あるお祭りなどほとんどのイベントが中止・縮小される中、新たな企画を立てることができず長期的に取り組むしかないという雰囲気の中、2021年6月頃からSUPを楽しむ皆さんがリバリバ(RE:ver RIVER リバージョンリバー)を結成し活動をスタートしました。

勉強会には川の専門家でSUP愛好家でもあるメンバーがおり、三隈川がどれほど川のアクティビティに適した環境であるかは皆さんと共有されていました。

穏やかな流れと目が行き届く適度な川幅や水深など川の特徴もさることながら、すぐそばまで歩いて行ける駐車場、休憩できる公園やトイレがいくつもあること、目の前にある旅館で温泉に入れたり少し歩けば飲食店もあるなど、地元の方からすれば当たり前だと思っていた環境が、実はとても恵まれているということに気付いたのです。

その動きにつられるように、川沿いでゲストハウスを永年営み、SUP経験者でもあり川の魅力を十分に知る杉森良美さんが中心となり、三隈川近くに住む住民たちが、自分たちが楽しむためにと次々にSUPを始めました。

その数は日ごとに増え続け、最初は5名くらいだったのが、楽しそうに遊ぶ様子を見た方たちが所有者から借りて体験し、楽しさにハマってその場でポチリ(ネットで購入)ということが繰り返され、わずか1ヶ月もしない間に30名ほどの団体となりました。(その後も増え続け10月末現在で50名ほどが参加)

また、リバリバではボランティアや遊びとしてだけでなく、自分たちが楽しみながらもきちんと利益を出し、より多くの人たちが体験できる仕組みもつくりました。

例えば、コンテナを改造して艇庫を作り有料でSUPを預かる一方で、一部をレンタル用にして所有者にSUP借用料を還元、有料で体験スクールを行う中で団体申し込みあった際に補助スタッフをお願いし、講師料として還元するなどの工夫をしています。

そのほか、川沿いのホテル「カッフェルひなのさと」でもSUPレンタルや体験のプランを用意しイベント時には温泉入浴券を協賛、メンバーが経営する飲食店では野外で食べやすいよう、丼やカレーなど1プレートのテイクアウトメニューを開発し、体験者にはその店を案内するなど、地域を挙げて協力体制が出来上がり、誰にとってもWINWINの関係が生まれています。

このように、勉強会のメンバーが「かわまちづくりの着地点は何だ?」「行政と民間の連携をどうする?」などと議論ばかりしていた時に、自分たちが川を楽しめば周りの人たちも川を楽しんでくれるんだという原点をみせてもらいました。

なお、リバリバでは川を楽しむだけではなく、川への感謝を行動で示そうと清掃活動なども定期的に行っています。メンバーの皆さんが「みくま川大先生」と呼ぶのを聞き、日頃から三隈川に感謝し、敬意を表しているのが伝わってきて、とても暖かな気持ちになります。

庄手川でSUPGOROUND

リバリバメンバーによる清掃活動

親子でSUP飯を囲む

-川という公共空間を魅力ある場所にするのは誰か。民間主導からその先へ。-

リバリバの活動は注目を集め、マスコミ取材が続いたこともあり、たくさんの子供たちや市外の方々がSUP体験するようになり、とてもにぎわうようになりましたが、一方で「川の使い方」という課題も見えてきました。

もともと三隈川は全国でも珍しい鵜飼いが行われ、多くの旅館が屋形船を出しているほか、釣りを楽しむ人たちも多く、これまで古くから利用していた方たちとの共存共栄に向けて、どう連携を図っていくのかはいずれ解決が必要でした。

そこで、勉強会のメンバーでもあるNPO法人ひた水環境ネットワークセンターの河津勇成さんが、旅館組合や漁業組合などの関係団体に聞き取りを行い、それぞれ気になる点は少なからずあるものの「川を利用する人が増えて、にぎやかになるのは良いこと」というのを総意としてまとめてくれました。

今後もさらなるにぎわいを取り戻すため、一民間団体や一事業者が川のすべてを独り占めするのではなく川に関わるすべての人が気持ちよく使えるよう、ちょっとしたルールやマナーを整理する準備期間となりました。

多くの関係者が関わる場合や行政が議会に説明する場合などに「大義名分」が必要になりますが、大義名分があっても実効性がない、実効性はあっても大義名分がないのでそれ以上の広がりがない、川に限らず地域活性に取り組む場合、そのどちらかに陥りがちになります。

この1年を振り返ると、今回の取り組みは民間のプレイヤーと川を管理する国、まちづくりを行い、地域の意見をまとめる自治体が同じテーブルに就き、同じ方向に向かって進めたことに意味があったのではないでしょうか。

日本一豊かな水辺をつくるには、様々な立場の人たちが共に集い共に理解し共に楽しむ日本一多様性のある現場あるいは議論できる場をつくることが必要だと思います。

特に、これらの活動が始まったことで、イベント以外では川沿いで見かけることはほとんどなかった子供たちが、夏休み中は毎日のようにSUPや遊泳を楽しんだり、それを見守るお母さんたちの井戸端会議が始まったり、犬の散歩やジョギングする方と観光客の方が挨拶を交わしたりと、子供から大人まで多世代・多様な方々が川に体を向けるようになりました。

すぐそばの亀山公園でも、川に向かってレジャーシートを広げて食事する方が増えるなど、数十年前の写真でしか見たことがなかったような景色が日常の風景となっています。

これから来シーズンに入った時にどのような景色が広がるのか今からとても楽しみです。

子供たちの遊泳

朝日に照らされる三隈川

朝日に向かって

夕日に向かって

川下りの今昔(現在)

川下りの今昔(昭和初期)

SUPを手に川へ向かう親子

この記事を書いた人

一般社団法人NINAU 代表理事  株式会社ENTO 代表取締役

岡野涼子

日田市出身・水郷ひた観光親善大使。 日田の地域活性を行うため大学卒業後、株式会社大分放送(OBS)に入社。7年間朝の生情報番組を担当。地域を牽引する人材を育成するためキャリア・コンサルタントの国家資格を取得し大分大学勤務を経て、平成30年日田を担う人材を育成する一般社団法人NINAUを設立。その後ビジネスで地域課題を解決するため令和元年株式会社ENTOを設立。「人が町を創る」をテーマに日田市でソーシャルビジネスに取り組む。

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