2018.03.16

TOKYO WONDER UNDERライブビューイング観覧記

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日本橋川が建物脇の緑道に沿って流れる、大手町ファイナンシャルシティの1F、アトリウムにて「TOKYO WONDER UNDER 東京ワンダーアンダー」のパブリック・ビューイングイベントに参加した。「TOKYO WONDER UNDER」は、ミズベリング・ライティングシップという照明を搭載した船が、神田川、日本橋川の首都高橋脚や橋、建物などに光を投射しながら、航行して回るという社会実験イベントだ。この実験の目的は、東京の知られざるインフラ・アンダーワールドに光をあてて、暗黒狭小河川空間を表現空間として利活用する余地がないか試してみることだ。そして、この実験を通して、官民連携で日本に新たな水辺産業を生み出すきっかけをつくり、世界にむけてアピールしていこうという壮大な意図がある。

ミズベリング・ライティングシップは、日本橋桟橋を17時過ぎに晴れやかに出航。その後、シップは夕暮れの日本橋川を下り、隅田川を北上、神田川に入った。コースは以下の通りである。ライティングシップのパーフォーマンスを水上から観覧しようと、シップの後ろからフォローする小型クルーズ船やカヌーが続々と集結、堂々たるライティング艦隊に。

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18:40 大手町ファイナンシャルシ・アトリウム会場と、ミズベリングシップが中継回線でつながった。数十人のビューイング参加者は、レポーターが船から届ける映像を通して、マーチエキュート神田万世橋を航行するライティングシップが何を行うのかじっ見つめる。パフォーマンスが始まった。ビルに囲まれた万世橋の真っ暗な渓谷が一気に、光の空間に。光だけでなく、音楽も連動。最初に奏でられたのは、ヨハン・シュトラウス二世の「美しき青きドナウ」だ。神田川なんだがドナウは意外とあう。ゆったりとした場を作ってくれた上で、アンビエント・ミュージックにトランペット奏者がクールにソロを奏でる。万世橋沿いに並ぶお店からぞろぞろお客さんも出てきて、何か、とんでもないことが普段気にもとめていない河川空間で起こりつつあるのを目撃せんとする。ボルテージが上ってきたところで、河川堤防にプロジェクションされたのは、東京都の「パラリンピック・ムービーショー」PV。暗黒河川空間に、スポーツとマンガがコラボレーションした躍動的な映像が映える。

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とても魅力的な表現空間に、都市の暗黒河川空間は変容した現場に立ち会っている訳であるが、通常、屋外で映像などの表現行為を行うには規制がある。「屋外広告物条例」という規制で、屋外の公共空間が広告物で埋め尽くされ、景観の質が劣化してしまうのを防ぐために造られた条例だ。これは東京都23区の場合は、各区で、表現物が広告物にあたるかどうかを判断することになっている。もともとは広告物による景観の悪化を抑止するための規制であったが、一方では、屋外で表現行為を行うことの抑制にもなっていることは確かで、表現者たちは、そのような規制があることを「忖度」して、「え、公共空間で表現は簡単にできないでしょ」と諦めてしまうのが通常になっている。広告と表現の境目は、今の時代は限りなくグラデーショナルだ。今回は、その規制による暗黙の暗黒化を乗り越えるために、様々な調整を行政と行い、社会実験として実現可能となった。

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ライブビューイング会場では、ゲストの紹介が行われた。一人目のゲストは、今回の選曲を担当した「都市楽師プロジェクト主宰」鷲野宏さん。「今回はライブ感を出したかったので、船上DJミックスのあいだに、トランペット奏者の小西徹郎さんにソロ演奏をお願いしています。都市の様々なノイズ、鉄道の音などが響くところで、サウンドスケープを聴くためにトランペット選びました。橋の下や首都高の下は、低い音で回り込む音を借景にできる贅沢な音楽空間。演奏家も嬉しいと言ってます」と鷲野さんは話す。「青き美しき青きドナウ」を選んだ理由は「ワルツで、男と女が初めて出会って踊る曲。水辺とは、そういう場所なんです」とのこと。

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続いて、都市計画を専門とする東京大学工学系研究科の中島直人准教授が登場。今回の「TOKYO WONDER UNDER」は、都市の新しい使い方を創造的にイメージさせる社会実験として行なっている。新しいことにチャレンジできて魅力を生み出していけるポテンシャルがある都市が、より栄えていくのではないか。そのような意味で、パブリックビューイングイベントのテーマを「実験都市TOKYO」と掲げた。中島先生は都市計画やアーバニズムの観点から、そのようなイベントの文脈を解説していただきたくのが趣旨。
中島先生は、自身の専門を「都市計画や都市デザインだけではなく、自分たちが考えているような本当の都市をどう表現すればよいのか。それを歴史的に考えたり、国内外の事例から考えたりしている」と紹介。
「一般的には、陸と水辺の距離が近いのがいいという価値観の中で、東京は距離があり、離れている。でも、今回の実験は、逆にそれを特徴として活かしてやっている。これは、アムスではできないことです」と今回の社会実験について話した。
司会の岩本は、「これを毎日やって、後続船にお客さん載せたら面白いんじゃないか。照明を一年間借りたらいくらか見積もりはとってみました。数千万単位。プロモーションとかも一緒にやると実現できるかも」と答える。

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19:20 回線が、また船に切り替わる。ライティングシップは、聖橋、水道橋を越え、本郷台の渓谷を照らし出しながら、三原橋付近から日本橋川に入ろうとしている。ここから音楽は、テクノ・ミュージックに切り替わった。アーティストはインフラをテーマにしたテクノポップ・ユニットであるMITAKA SOUND。首都高の橋梁と橋脚にミラーボールが幻想的に煌めき、テンポのよいテクノ・ミュージックが響く。名付けて、ミズベリングインフラミックス。首都高と水面に囲まれた虚の空間が、ホットなクラブのダンスホールになったようだ。

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会場にて、ライティングシップを航行している船会社ジール代表の平野さんが、会場で紹介された。ライティングシップはカスタマイズ船だ。今回のために、照明を台船に積み込んでいる。照明機材を載せて航行するためには、荷重や安全面などの許可が必要で、そのためにJCI(小型船舶検査機構)から許可をとるのが大変だったとのとだが、合格して「ばっちり合法でやっている」。そんな平野さんは、飲食関係者が集まり、東京の水辺を、もっと遊べて艶やかな場所にするための社団法人「東京水の都推進協議会」を最近立ち上げた。「水宴プロジェクト」という名前で、「水辺に屋台村をつくったり、お土産屋さんがあったり、陸からも水からもいけるような場所」を東京につくっていきたいとのこと。

19:40 船は竹橋ジャンクション下を通っている。移動する船から流れる光によって、高速の橋梁下がインベーダーゲーム盤のようなビジュアル装置に生まれ変わっている。初めて目撃するインフラ光景。ライトとビートでむき出しになった都市の内蔵はとても美しい。

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ここで、都市計画の中島先生からのアーバニズム・レクチャーが始まった。事例として、コペンハーゲンの水辺。平日午後5時ぐらいでも、たくさんの人が水辺に出て来ている風景。その背後にはライフワークバランスを追求するという思想もある。次に、ニューヨーク。イーストリバーやブルックリン・ブリッジ・パークなど魅力的な水辺空間がある以外にも、マンハッタンとクイーンズを交互に繋ぐイーストリバーフェリーが、観光客だけでなく、通勤やベビーカー、自転車などの日常の足として使われていることを紹介。
中島先生は、「都市空間のありような都市生活のありようでもある。その中で水辺がある」と述べる。

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「TOKYO WONDER UNDER」のように、長期的なビジョンを持って、短期的な実験を行い都市を変えていく試みは最近「タクティカル・アーバニズム」と呼ばれることが多い。では、そもそもアーバニズムとは何なのか?中島先生によると、アーキテクチャーとアーキテクトの関係のように、アーバニズムとアーバニストという関係が成り立つ。アーバンプランナーやアーバンデザイナーはプラニングやデザインを行う職能だが、アーバニストの場合は、都市計画の専門家であることに加え、「都市に住み、都会の生活を楽しんででいる人」という定義が成り立つ。アーバニズムの概念自体はもともと社会学者のルイス・ワースが定義した概念。近代都市が出現したことで、人びとにとって出現した、それ以前とは違う居住地や居住形態を記述するために登場した。一方では、都市計画学者のエミリー・タレンが「理想的な居住地を実現させるためのビジョンや探求」と述べた。つまり、アーバニズムとは、実体概念(生活者視点)であり、かつ規範概念(計画者視点)でもある。

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以上が、アーバニズムの基本的な意味なのだが、そのベースの上に、ここ二十年ぐらいの欧米では、様々な◯◯アーバニズムが登場、拡散している状況がある。例えば、車社会を脱し歩行者優先の公共空間形成を目指す「ニュー・アーバニズム」、ランドスケープや生態系の観点から都市を捉え直す「ランドスケープ・アーバニズム」などだ。ただ、これらのアーバニズムはあくまでも規範であるので、遠い未来の話だったりする。それをこの現実の中で実験的に実現する方法論として有効なのが「タクティカル・アーバニズム」だ。全体の戦略は立てるけど、局面で部隊に任せてボトムアップで実験的にやっていく。それがタクティカル=戦術という意味だ。このような戦術手法を持つことによって、目の前にある身近な環境と都市のビジョンが結合わされる。

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と、20時。ついに、大手町ファイナンシャルシティの日本橋川に、ミズベリング・ライティングシップが到着したという連絡が入った。みなで会場から移動して、ぞろぞろと水辺へと向かう。
日本橋川、目の前にミズベリングライティングシップが停泊していた。船にはドーム型のガラス容器にビルトインされた照射光学機材がずらりと設置され、特殊な用途の観測船のようなテックさがかっこいい。船上に乗るレポーターの山名さんと、陸側の司会が、マイクで声をかけあう。まずは、水陸同時開催の「水辺で乾杯」カウントダウン。ビーム上の光線が首都高橋梁下に幾筋もの筋を伸ばし、ドット模様となって広がっていく。そして、トランペットのソロ演奏の音が、橋脚下に響き渡り、とってもクールなジャズのライブハウス空間に暗黒河川空間が変容する。

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いくつかのリバーライト&サウンドスケープ・ショーでわれわれを魅了した船は、静かなアンビエント・ミュージックを奏でつつ、光の文様を河川堤防と橋脚に映し出しながら、ゆっくりと瞬き去っていく。ホタルや、海洋で光を発するイカかのような、まるで光を奏でる生物かのように見えた。光を瞬きながら、その生物体はゆったりと東京湾に帰っていった。

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この記事を書いた人

ランドスケープ・プランナー

滝澤 恭平

ランドスケープ・プランナー、博士(工学)。 「ミズベリング・プロジェクト」ディレクター、株式会社水辺総研取締役、日本各地の風土の履歴を綴った『ハビタ・ランドスケープ』著者。大阪大学卒業後編集者として勤務。2007年工学院大学建築学科卒業、愛植物設計事務所にランドスケープデザイナーとして勤務後独立。2022年九州大学大学院工学府都市環境システム専攻博士課程修了。都市の水辺再生、グリーンインフラ、協働デザインが専門。地元の葉山でグリーンインフラの活動を行う。

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