2015.01.19
ミズベリング インスパイアフォーラム2015
Pre-Interview「川は誰のモノなのか!?」(前編)
昨年の秋、ある1冊の大判雑誌が店頭に並んだ。
タイトルをチラ見して、ミズベリング事務局は目を奪われた。
「Tokyo River Story 東京、川ろうぜ。」
なんだ、なんだ!この豪腕な誘い文句は!
イントロを紹介する。
川は、総合芸術の最高峰だ。
〜川は、ぼくらにとって小説であり、恋であり、科学であり、音楽であり、視覚芸術であり、匂いであり、記憶であり、ぼくらの未来である〜と大胆な提言ではじまる。「川」が抱えている問題は、いまの地球上が起きている現実やロマンを映す鏡だ。ならば、そんなソーシャルイシューをばらばらに議論するのではなく、文理芸、産学民の集合知で、たくさんの物語をつくり実験をしてみようという異才を放つマガジンであった。
そこで、今回、こんな刺激的なカルチャーマガジンを総指揮している、雑誌「広告|恋する芸術と科学」の編集長であり、広告代理店(株)博報堂 クリエイティブディレクターの市耒健太郎さんにお話を聞いてみた。
- この特集を組む背景と経緯を教えてください。
- 雑誌「広告」は、自社(博報堂)発行して約70年の歴史がある雑誌なんですが、なぜか僕に編集長の白羽の矢がたって、正直、困ったなあ、と。自分は元々CMプランナーでしたので雑誌のノウハウはありませんし、また「広告」という名前も時代錯誤な感じもあった。しかし社内では断りづらい環境でしたので、どうせやるなら、今の時代の「クリエイティブ」を思い切って再定義するものを作ろうと決めました。
- 僕らは、ふだん広告クリエイターとして企業の四半期業績を上げるための映像やデザインを企画制作するのですが、その対象は社会全体ではなくではなくマーケティングの中の部分最適なわけです。でも社内にいるデザイナーやストーリーテラーの才能を考えてみると、それは結構もったいない事で、そういったマーケティングの一部だけではなく、もちろんそれらは大事なことではあるんだけども、もっと社会全体への問題提起として僕たちの専門性を発揮することもできるんじゃないかと、考えていました。そんな悶々とした気持ちを、エコシステムと企業の在り方とか、経済と文化とか、個々人の欲望とソーシャルイシューとか、相反することを全部受け入れて、それらを僕たちへのオリエン(初期課題)としたらどうなるのか、という実験をこの雑誌に託してみたのです。「新しい創造性の在り方」をみんなでゼロから考える、そんな運動体を博報堂内につくりたかったのです。
「恋する芸術と科学」と方針を決めて、①文・理・芸を高次元融合する②産官学の垣根を超える創造性を③第一次×二次×三次産業を貫通するアイディアを④英訳もつけて海外に問う!というコンセプトで企画会議をスタートしました。とにかく社会に美しい非連続を起こすために、芸術と科学、理性と感性を掛け算させるプロジェクトを社内で立ち上げたのです。ゴードン・ムーアの法則(インテルの創業者)って、あるでしょう。彼が40年前に予言したことですが、集積回路は18ヶ月〜24ヶ月後には必ず能力は2倍になる。つまり、どんどん速く高性能になっていくのです。2倍2倍ということは、指数関数的にあがっていくわけです。
つい昔、MITで数十億円したメインフレームと同等の回路が20年後には、僕たちの携帯に内蔵されている。ゲームもそうじゃないですか。映画で使われていたグラフィック・アクセレタ(描写処理をするCPU)が携帯ゲームにも使われている。デヴァイスは進化する。情報量は飛躍的に増える。インターフェースもまさに日進月歩です。だけど、そんな高速に変わり続ける文明がある一方で、人間には「変わらない世界」もある。僕らは変わり続けているモノと一緒に進まないといけないという曖昧な焦燥感に苛まれていて、「いや待てよ、本当にそうなのか、人間って?」という疑問が、実は潜在意識の中にはものすごく大きい。だって、変わらないものは変わらない、でしょう。
たとえば、体に毛が生え始める反抗期に親と対立するのは100年前も100年後も同じだと思うし。一番ヒットするハリウッドムービーだって、1000年前に書かれた源氏物語だって、結局は、愛と嫉妬の話しが一番多いですよね。昔、むしゃぶりついていた魚の塩焼きの味は今も変わらないし、おそらく1000年後も一緒なのではないか。人生を見つめると、僕らが初めて異性に恋に落ちる非言語的な瞬間とか、川辺の流れをぼーっと眺めているときに、ふと自分の子ども時代を思い出すような憧憬。会えなくなった親への感謝と後悔みたいな気持ちも、昔も今も未来もまったく変わらないですよね。
急速に加速しながら変わり続ける文明と、変わらない人間的な側面との間。その間にあるストーリーテリングこそが、これからの創造性の根幹なんじゃないかと考えて、それらを見定めていこうよ、と。それがこの雑誌で問うている実験です。 - 3年間で8冊の雑誌を出されましたが、最新号に「川」をもってきた経緯は?
- まず雑誌のクリエイティブチームには、文理芸のいずれかに強いバックグラウンドを持ちながら、越境する勇気のある若者に、プロ・学生問わず入ってもらっています。主に、入社5年目までの頭の柔らかい社員と大学生、修士、博士号の方々、約20人ぐらいですね。この仕事は博報堂としては現業外のワークなので、就業時間(9時半)前の毎朝8時に集合して延々アイデア出し。
そこで、ルールをひとつ決めました。「なるほど」と呼ばれるようなアイディアは禁止。「まさか!」をつくりましょう、と。普通なものはいらない。せっかく仕事外で集まっているんだから、社会に非連続を生み出さないアイディアはここでは要りません、と。加えて、デジタル臭いだけのものをはもうお腹一杯だよと。第1次-2次-3次産業のすべてを貫通する「大きな物語」を描こうよと。そこで早期に出てきたテーマが、この「川」でした。 - なぜ、川?
- 「川は、都市の中で最高のストーリーメディアだ」と気づいたのです。「変わらないもの×変わるもの」の集積フローが川です。川って、ぼくたちは、ふだん意識しているようで、全く意識していないでしょう。水もしかりですよね。一番大事なのに、あんまり考えない。この川を見てください。象徴するのが。この写真です(アラスカのトリカキラ川を見せてくれる)。
- これ今のアラスカの原生河川なんですよ。これこそが、川がエコシステムに流れ始める原型なんですね。本当の自然。氷河が溶けて、雨水を受けて集積された水が山の斜面をつたって流れていく。で、もう1つ、これは今の東京。どうですか。同じ大地なのに、この違いは。何万年も変わらない自然に対して、人間がたかだか数百年で一気に工作をしながら変わっていく大地。川はみんなのものなのに、この大きな体系は語られずに、僕たちは毎日、無意識のうちに地下鉄という地下の穴を移動し、どのDJが今かっこいいとか、このcaféは海外っぽいとか話して、みんなが都市の生活を満喫している。でもちょっと待ってよ、と。これって、本当に創造的な都市の在り方なのかなと。未来に誇れる都市の構造は、こういうかたちでエコシステムと断絶した都市の形を作ることなのか。日本の愛する伝統と未来はこういうかたちで交差すべきなのか。そしてなにより、デザイナー、クリエイターとして、オブジェクトとして見たときに、僕は、都市文化の個々のエレメントよりも、この川という構造が、今一番、興奮するんですね。
- 東京って、太田道灌が土木工事を開始するまで半分びちゃびちゃな湿地だったんですよね。
- そうなんです。これが関東平野。利根川。赤城山。彼が来て、もうびちゃびちゃじゃん。肥沃じゃん。これは素晴らしい文明の基地になるじゃん、と。ご存じの通り文明は必ず川の近くに出来ていますよね。インダス、黄河、エジプト文明も。都市もそう、ニューヨークもパリもロンドンも。僕らのカラダは水でできているから、水の流れを本能的に求めていくわけですよ。
でも東京は飲み水が工場用水にとられてしまい、都市中を道路整備し、空輸で地球を半周回って飛んできたフランスからの水を「うまい!」とか言って飲んだりしている訳です。江戸の時代にあった150kmあった川や水路は、埋め立てられて今は60kmほどしかありません。水路がなくなると、文化の中心に流れていたものが遮断される。線としてつながらなくなる。どんどん人工化していく。点として商業施設が跋扈していく。そして、全くもってロマンチックとは真逆な街を形成していくのです。それでも、僕たちは、セクシーな東京を待ちこがれているし、そういった町づくりにクリエイターも旗を立てて貢献していくべきと思うのです。
- 一方で、川というイシューは、これまでも多くの先輩方が取り組まれてきました。チャレンジされてきました。政治家の方も、行政の方も、学者の方も、シビルエンジニアリングの方も、環境建築家の方々も。しかし、みんながそれぞれ所属する「部分最適の壁」を超えるのは容易ではなかったのです。しかし一方で、デザインやクリエイティブには、本来「理性と感性を衝突させることで部分最適を超えていく力」があります。それで、僕らにお鉢が回ってきて「川、やるぞ!猛烈にやるぞ!」とみんなで意気込みました。なによりもストーリーがシンプルで、美しい。「変わらないもの×変わるもの」がハッキリしていますし。
3年かけて、企画アイデアは1000案以上はあったと思いますが、徹底的にスタディをやって、フィージビリティチェックをして22個選び抜きました。やっぱり実現しないとデザイナーにとって意味ないですから。 - どんな構成でやられたのですか?
- もう、社内のクリエイター、戦略家、データサイエンティスト、デザイナーから、社外の建築家、都市工学の専門家、生物学の先生まで、ありとあらゆる人に参画していただき、執拗にオープントークを重ねました。また、若手のフレッシュな感性をなるべく最大化しようともしています。新人のコピーライターと芸大の建築学生で「新しい川沿いの食文化」を考察するプロジェクトチームをつくったり。一方で、東京の視野から一旦外れるために、インド・ムンバイの建築家と都市と川の関係性を考察する対談を重ねたり。川文化を創造するデザインプラン、これを僕らは「モジュール」と呼びますが、それらをXYZの3軸にプロットして分析しました。「X軸:生活の文脈」「Y軸:場所固有特性」「Z軸:技術発展のよって可能になること」。結果は、ぜひ本を読んでください(笑)。
- どんな読者を想定しているのでしょうか。
- 読んでほしい方々は、創造的な仕事に興味があるすべての人ですが、もっとも意識している想定読者は、18歳と22歳です。つまり、大学一年生と社会人一年生。どちらも柔軟かつ全体的な創造性が、「学部」や「部署」という部分に閉じ込められる瞬間です。僕はそこに問いたい。人生は一度。僕らはなにを創造できるのか、と。組織の最適解にとらわれずに、一回り大きな物語を一緒に描きませんか、と。
今はそういう時代だと思う。
(後編に続く)
この記事を書いた人
ミズベリングとは、「水辺+リング」の造語で、 水辺好きの輪を広げていこう!という意味。 四季。界隈。下町。祭り。クリエイティブ…。 あらためて日本のコミュニティの誇りを水辺から見直すことで、 モチベーション、イノベーション、リノベーションの 機運を高めていく運動体になれば、と思います。
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