2014.03.03
ロンドンの桟橋でクリエイティブに暮らす水辺コミュニティを発見!

ヒップでおしゃれなテムズ川船上ライフをレポート
川の都市ロンドンの玄関口と言えばタワー・ブリッジ。大英帝国の威光を今に留めるかのようにテムズ川を跨いでそびえ立つ美しい跳上げ橋です。2012年のロンドン・オリンピックでは橋の中央に巨大な五輪マークが掲げられているのをテレビで見たひとも多いかも。その昔タワー・ブリッジは城門の役割を持ち、ここから上流がロンドン市内、下流が市外とされていました。ここからロンドン中心部まで約3キロあまり。地下鉄のアクセスも良く、近所には隠れ家のような小さなレストランやミュージアムなどもあり、今では便利でおしゃれなエリアとなっています。
タワー・ブリッジから下流に300メートルほど下ったところに、旧式の貨物船や帆船が停泊する浮き桟橋、エルミタージュ・コミュニティ・桟橋(通称HCM)があります。HCMは2009年にオープンし、歴史的な貨物船や帆船を保存しつつ、同時にそこに人が住むことを目的としてつくられた桟橋。こうした歴史的な船舶を博物館に飾って塩漬けにしてしまうよりも、使い続け、住み続けながら保存していこう、というのがコンセプト。ここには現在18隻の旧式船が係留されており、30名ほどの住民メンバーが暮らしています。
管理室やミーティングルーム、キッチン、倉庫などもあり、クラブハウス的機能を持つ。
この辺りはもともとテムズ川の中でも重要な港湾エリアでした。かつては多数の帆船や貨物船が行き交い、世界中から集められた物と富が集約する水辺だったのです。陸側には延々と倉庫街が続き、下町の裏路地感たっぷりのエリアでもありました。しかしモータリゼーションの波により舟運は廃れ、港も徐々に縮小していきました。さらに90年代に入り水辺を中心に高級マンションが建設されたことで街も様変わり。そしていまやお店やマンションが建ち並ぶエリアとなっています。
HCMは当初、ロンドンでの新しい暮らし方を探し求める12名の有志により計画されました。それぞれが2500万円ずつ拠出して協同組合を組織し、約3億円をかけて桟橋を建設しました。建設後の運営、管理などもすべて居住者が自発的に行っているインディペンデントなプロジェクトです。居住者の職業は様々ですが、アーティスト、芸術大学の先生、舞台監督、テキスタイルデザイナーなど、いわゆるクリエイティブ系の人が多いのが特長。彼らによれば水辺はクリエイティブな文化と相性が良いのだと言います。また意外にも女性が多いのも特長で、一人暮らしのOLもいるそうです。
旧式船の内部はそれぞれに特徴のあるリノベーションがされており、船といえども立派な設備が整っています。キッチン、トイレ、バスルームはもちろんのこと、中には暖炉まで備えたものまであり、非常に快適な居住スペースをつくりあげています。テムズ川の重厚長大な雰囲気とのミスマッチがとてもヒップな空気を醸し出しています。
その気になればフランスやオランダまで行くことも可能らしい。ちなみにオーナーはロック好きとのこと。
居心地よい空間をつくりだしている。水面で反射された柔らかい光が丸窓をとおして差し込んでくる。
一体感が醸し出されるのは船ならではの効果?それともワインのせい?
ただこの桟橋、オープンまでにはかなりの紆余曲折を経てきたのも事実です。その理由は近隣の高級マンション住民との“紛争”でした。当初、テムズ川の新しい使い方を実践しようとするこの計画に対して、川を管理する当局は意外にも理解を示していたそうです。ところが、背後地に住む高級マンション群の住民(その多くは投資目的の外国人だったそうです)が水辺の景観を損なうという理由でこれに反対。そこから近隣住民も巻き込んだ紛争が繰り広げられたのです。でも、そこはさすがに権利意識が強い英国人。自分たちの権利が正しいと思えばたとえ国王にだってもの申します。彼らは古くから路地裏に住む住民たちが、高級マンションのせいで水辺に出られなくなってしまったことを聞きつけ、彼らに桟橋を使ってもらう代わりに計画への支持を得ることに成功。最終的には決定が覆され、建設許可を得ることができたそうです。
ところで彼らは現在当局と協力して川の運営管理の一部を担っています。例えば川の掃除に協力する、子供のための川の教育プログラムを行う、ロンドンに来たビジター船を係留させるなどを行っています。公共空間としての川を占有するだけではなく、社会貢献も重視しているのです。“たしかに管理上の手間は増えるけど、桟橋の社会的な価値を向上させるのはとても大切だ”、と彼らは言います。
この桟橋を取材していて、HCMは新しい都市型コミュニティの形だと思いました。つまり、これまでのような地縁上や仕事上の繋がりとは異なり、共有の価値観によって繋がる都市の共同生活です。しかも都市水面というパブリックな空間を、従来の舟運利用の枠組みでもなく、マンション開発の枠組みでもない、極めてクリエイティブな方法で使いこなそうとしています。 『創造都市論』の著者リチャード・フロリダは、これからの都市の国際競争力はこうしたクリエイティブな集団(クリエイティブ・クラスターやクリエイティブ・クラスなどと呼ばれる)をどれだけ惹き付けられるかによって決定すると論じています。
ことあるごとにお互いに声を掛け合ったり、食事会をしたり、ときには子供を預かることも。
“現代のクリエイティブ経済における経済成長の真の原動力とは、才能と生産性に満ちた人々の蓄積と集中化である。彼らが特定の地域に寄り集まって住むことで、新しいアイデアが生まれ、その地域の生産性は増加する。“『クリエイティブ都市論―創造性は居心地のよい場所を求める』リチャード・フロリダ (著)
その意味ではHCMはロンドンの国際競争力に一役かっているのです。
私が取材した日はたまたまバーベキューパーティーが開催され、そこには港湾関係者や近隣住民が招かれていました。(なんとあの高級マンションの住民たちも最近遊びに来るようになったそうです)。タワー・ブリッジに沈む夕日を眺めながら老若男女が楽しそうに食事をほおばっているのを見て、これまでにない人と川との関係がスタートしていると確信しました。
HCMは都市コミュニティのあり方と水辺の新しい可能性を示している。
ロンドン芸術大学 CCWカレッジおよびロンドン・カレッジ・オブ・ファッション 国際事業参与 公益財団法人リバーフロント研究所主催の”水辺とまちのソーシャルデザイン懇談会”コメンテーター プラントエンジニアリング会社、店舗開発、地域振興系シンクタンクなどを経て現職。 川から日本がカワることを目指しています!ミズベリングはカワリング!