2018.10.23

長門湯本が未来に向けて動き出した

社会実験の実施とその裏側でおこなわれているさまざまな議論の積み重ね。小さな温泉街が官民をあげて取り組んでいる魅力創出の取り組みについてレポートします。(編集部)

温泉街の再生を目指し、「ここに来る人、住む人、働く人が楽しく豊かな時を過ごせる未来の温泉街」をイメージして、多くの人に体感してもらおうと昨年から始まった「おとずれリバーフェスタ」が開催されました。

川に社会実験として設置された川床の上では、中国茶の先生がお茶会を開いています。

川辺にも橋の上にも下にもずらりと並ぶブースでは、こだわりの詰まった個性的なお店がオープンし、一軒一軒のぞいては、温泉街の回遊を楽しんでいる人たちの姿が。地元商店のみなさんも、特別な店構えでお客様を迎えます。

地元商店の荒川商店さんは新鮮野菜をマルシェスタイルでおしゃれに陳列(左)
今では何でも揃うRショップさんは創業当時の土産屋さん「湧喜屋」スタイルで(右)

とらや商店さんは、昨年も大人気だったカットフルーツ販売でイベントを盛り上げます
ワークショップに夢中になっている子どもたちもいれば、川の飛び石を何度も跳ねて渡る子どもたちも。新しく整備されたばかりの雁木広場では、川へと誘う緩やかな階段に腰かけたり、古代楽器リュートの演奏に耳を澄ましたり、夜には川辺の映画上映会が。

イベント期間中、道路にはプランターが設置され歩道が広がり、温泉街を楽しむ人たちが寛げるような休憩スペースがいたるところに設けられていました。

そして徐々に陽が暮れていく温泉街に灯る、ひかり。いくつもの橋と木々がライトアップされたまちなみは幻想的で、まちが本来持っていた美しさを知ります。

普段人通りのないまちだなんて、嘘のような光景です。

未来に向けて動き出したまち

音信川を舞台に生まれる豊かなシーンの数々、その中心となっているのは「長門湯本みらいプロジェクト」です。
温泉街の再生を目指して立ち上がったこの公民連携プロジェクトには、たくさんの特徴があります。投資主体である星野リゾートとの協働、マスタープランの策定。地域一体となって取り組む社会実験による、温泉街の将来像共有。また実現にあたって生じる課題への具体策を、専門的にスピーディに議論するデザイン会議の存在などです。

デザイン会議の司令塔、ハートビートプラン代表 泉 英明さん(左)
社会実験の説明会でじっくり耳を傾ける住民のみなさん(右)

中でも重要なのが、旅館の若旦那や萩焼の里、三ノ瀬の跡継ぎをはじめとする地域の若手メンバーの存在。彼らがチームとなって空き家をリノベーションし、自ら開業した「cafe&pottery 音」は、先頭を切ってまちに動きを生み出そうとする大きなチャレンジです。
360年以上の歴史を持つ萩焼の魅力を伝えるカフェ空間には、昔からこの地域に親しまれていた河川上にせり出したテラス「置き座」が実現。長門湯本らしい景観のひとつとなりました。

積み重ねていく議論、検証が生む、ここにしかない景色

この置き座も、リバーフェスタでたくさんの人が寛いだ「川床」も、子どもも大人も楽しんだ「飛び石」も、実はたくさんの積み重ねによって実現しています。
自然の川の流れの中で、設置場所や構造は慎重に見極めなければなりません。緻密な構造計算を重ね、時には大学の実験場に音信川の環境を再現して実験を繰り返し、また時には段ボールで再現した飛び石を会議室で飛ぶことで、“安心して楽しむことができる場”の検証が何度も重ねられました。
こうしたデザイン会議の専門家だけでなく、「実現できるかどうか、合理的にきっちり検証していくのが役目」と粘り強く検証を重ねた河川管理者(山口県)や地元施工者との連携によって、音信川の魅力を引き出す、ここにしかない風景が生まれたのです。

現場の地形を1/15で再現した飛び石の検証モデル(京都大学防災研究所)

さらに自然を相手にするため、日常の防災対策も必須。実際に運営する主体と河川管理者が、どうすればきちんと責任を果たせるか、ルールを定めていくことが必要です。このため、河川を活用する事業主体を中心に「長門湯本オソト活用協議会」が立ち上がり、安全で且つ、事業上無理なく持続できる方法で管理・運営するルールを構築しています。リバーフェスタでも開催初日の早朝、大雨注意報が発令されたため、早朝から地域のメンバーで、手早く手すりを収納し、対策する姿がありました。

やがて雨が上がり、一緒に温泉街を創り上げるために集まった「ちょいサポ隊」が、雨に濡れたひとつひとつの椅子とテーブルを拭いてまわり、お客様を迎える準備を整えます。議論や検証、そして現場を支えるたくさんの人たちの協力によって、川床でのお茶会、お店をめぐりながら川沿いを歩く楽しみ、川辺でトークイベント・・・など数々のアクティビティが、温泉街を彩りました。これらのアクティビティは、今回の社会実験から秋の常設化に向けて、「河川敷地占用許可制度」の仕組みを通じて、事業主と地域、行政がそれぞれの責任を果たしながら一体となり実現していきます。

地域の方々に加え、市外からも社会人や大学生のみなさんが“ちょいサポ隊”として準備・運営に協力

川床で開かれたトークショー(左) 橋の上で開かれたレストラン(右)

旅館玉仙閣前の川床では日常使いに向けた、川床で朝食をいただけるサービスの検証(左)
大谷山荘前の川床でも、宿泊客へ向けた“ちょい飲みセット”の提案を検証(右)

住む人も遊びに来る人も、楽しめるまちを目指して

川の魅力を最大限に活かしたまちづくりは、川沿いの道路空間でも進んでいます。
交通は、地域にとても身近な課題です。住民や商店の利便性も確保しながら、安心して散策することができる温泉街を実現するにはどんな工夫が必要か、地域で何度もワークショップが行われました。その結果、歩道と車道とを区分しない「シェアド・スペース」の考え方を盛り込んだ交通計画の検討が進められ、リバーフェスタではその検証も行われていました。

社会実験やワークショップなどで得た結果をもとに、検討、検証を重ねます

普段路上駐車も目立つ川沿いの道路空間には屋台やベンチが置かれ、様々なワークショップを楽しんだり、川を眺めながらのんびり寛ぐこともできます。またクルマが離合できるスペースを設け、ところどころあえてクルマの空間を狭くしてゆっくりとした運転を促すなど、人とクルマが気持ちよく共存できる空間作りを目指します。

今後は実験から日常へ、リバーフェスタでの検証結果が道路整備や交通規制に生かされていきます。
この道路空間の利活用も、河川空間とともに「長門湯本オソト活用協議会」によって運営・管理されます。放っておくと使われない、無機質な公共空間になりがちな河川や道路を「まちの中庭」と捉えてみんなで使い、みんなで手入れをするための仕組みを作ろう、というのがオソト活用協議会なのです。
2020年3月に開業予定の星野リゾート「界長門」も、オソト協議会の一員。発表された建設計画でも、「宿泊客を温泉街へ」「温泉街のコンテンツ提供」と温泉街との一体感が強調され、どんな楽しみを演出してくれるか期待がふくらみます。

古き良きものを受け継ぎつつ、未来へ

リバーフェスタの一角には、これから大きく変わろうとしている温泉街を表現した模型が展示され、訪れた人々と将来像が共有されていました。
中心に位置する長門湯本温泉の歴史を生み出した出湯「恩湯」は、建て替えを機に行政運営を脱し、地元旅館の次世代経営者や地元人気飲食店が立ち上げた「長門湯守株式会社」が整備・運営を担います。恩湯や飲食棟の近くには新たに雁木広場・竹林の階段も整備され、音信川により親しめる空間に生まれ変わり、四季折々のイベントなども楽しめるようになります。

すでに完成した「紅葉の階段」は、ランドスケープ・照明の工夫が施され、多くの方を魅了していました。

長い歴史を持つ温泉街に生まれる、新しい景観のすぐそばには、住民にとっては日常であるまちなみ。見つめなおせばそこにたくさんの価値があり、「長門湯本温泉景観ガイドライン」を住民で共有することで、まちが本来持っている魅力を引き出しています。リバーフェスタでも目に留まったおそろいの「湯本提灯」は、この景観ガイドランに沿って進めていく、地域一体でのおもてなし表現のひとつです。
また残念ながら老朽化が進み、すぐに利活用することが難しい空き家も、少し清掃し、照明の演出を加えることで、立派なまちの景観に生まれ変わります。このようにまちにすでにあるものを輝かせる工夫は、随所に重ねられています。

「自分たちの手で、大事な地域の資源を守り、輝かせたい。」という若手の想いを受け、「若い人が頑張って長門湯本が良くなれば嬉しい。そのために自分もますます頑張りたい。」と意気込むまちづくり協議会の荒川会長の前向きな姿勢に、河川・交通・ランドスケープ・照明・景観などたくさんの専門家が呼応、さらにはたくさんの人が参加して実現した社会実験を通じ、地域の商店でも「実は昔の温泉街は・・・」と地元住民自身が地域の魅力を語り始めています。
音信川の利活用も、この好循環の中で生まれてきた取り組みのひとつ。温泉街の再生に向け、川にひらき、川とともに生活をしてきた地域ならではの魅力的な水辺づかいが、今後も次々に生まれていくことが期待されます。

長門湯本みらいプロジェクトサイト
https://yumoto-mirai.jp/

この記事を書いた人

木村舞

2人の男の子の母。 コーヒーのある暮らしが好き。 パンを作るのが好き。文章を書くのも好き。 普段はカフェでバリスタをしていますが 少しだけ文章のお仕事もしています。 コーヒーも言葉も、心に届くものを、 と心がけています。

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