2015.07.27 Mon

全国一条例が厳しい逗子海岸が模範とする『逗子海岸映画祭』って?

全国一条例が厳しい逗子海岸が模範とする『逗子海岸映画祭』って?

昨夏「海の家」が一掃された後も、毎年開催されているイベントがあります。

    全国一条例が厳しい逗子海岸が模範とする『逗子海岸映画祭』って?

    今年いちはやく海開きした逗子海岸は、いま全国でもっと条例が厳しい海岸として注目されている。その発端は、ここ数年問題になっていた、海岸で大音量の音楽をながす海の家の「クラブ化」。そのため昨年3月に施行された条例では、ライブ演奏やDJイベントはもちろん、海の家で有線やラジオなどBGMを流すのもダメ。浜辺に出ての飲酒も禁止、海の家の営業時間は18時までと規制された。その影響か、昨夏の海水浴客は約20万人と例年の半分ほどに落ち込んだ。けれど今年からは小さなスピーカーでBGM流す程度の音楽の使用を試験的に認めるなど、海水浴客の増加に向けて歩き出しているという。今年の海開きで平井竜一市長は「『日本一厳しい条例』を維持しながらも、さまざまなイベントを企画して、みなさんに喜んでもらえる海岸を目指していく」と挨拶したが、逗子市が思い描いている「理想的な海岸利用」は、どんなものなのだろうか。市から「模範的な海の使い方」と太鼓判を押されている逗子海岸のイベント、『逗子海岸映画祭』に行ってきました。

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    毎年ゴールデンウィークに開催される『逗子海岸映画祭』は、海岸沿いの砂浜に設置された300インチの巨大な野外スクリーンで映画を観ながら、こだわりの料理や飲み物を楽しめる、映画と音楽と食のイベント。「子どもと大人の遊園地」といった風情がある、どこかノスタルジックで洗練されたこのイベントは、初夏の風物詩として定着、各地や海外からの入場者も増え続け、今年は1万4000人の入場者を記録している。

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    今年は『ぼくの伯父さん』から『バック・トゥ・ザ・フューチャーPart2』、『シコふんじゃった』まで、
    12日間日替わりで映画やドキュメンタリーフィルムを上映。

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    逗子のシネマカフェからアミーゴキッチンも出店

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    波風が気持ちいい「海のレストラン」では逗子・葉山の新鮮な野菜や魚介類、岐阜県白川郷直産の山菜を使った料理を提供。

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    スペイン・バスク地方ならでは!地ワインの注ぎ方を披露

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    自然派スムージー店のお姉さんの服装もキュート

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    三浦半島の「三浦パン屋充麦」は、麦の種を蒔いて育て、収穫から製粉まで自らパン作りをおこなっている。

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    今年初登場した「BAZAAR」での片隅で、絵本を選ぶ女の子。異国の市場のような屋台が立ち並んで雑貨や洋服、本や手作りのお菓子、こだわり野菜や切り花まで購入できました。

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    ドライフラワーアレンジメントのワークショップも。

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    波音を聞きながらマッサージ。ハンモックに寝ると身体が自然に緩んでよりリラックスできるそうです。

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    地元の子どもたちで賑わっていた、波打ち際のスケートボード用ランプ。

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    毎年好評、ノスタルジックなメリーゴーランド。

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    逗子海岸映画祭主宰でシネマアミーゴ館長の長島源さん。ミュージシャンとしての顔を持つ長島さんは、会期中自ら会場を歩いて、映画の音響が大きすぎないか自分の耳でチェックしている。「高音や重低音など音によっては、音量が大きくなくても民家に響いて不快に感じる音もあるので、その都度調整しています」

    そのほかライブ演奏やトークショー、ワークショップなど各種イベントなども開催され、子どもから大人、地元の人から観光客や海外からのお客さんまで、皆それぞれに初夏の海辺でのひとときを、ゆったりと味わっていた姿が印象的でした。あらゆる人が集まって、人や土地や自然を尊重しながら、リラックスして楽しめる場所。「海岸はだれの場所なのか」を意識したイベントや空間自体が、まちづくりにもつながっているなら、逗子市がこの映画祭を「模範的」と太鼓判を押す理由が、なんだかわかる気がしました。

    ではなぜ、いま日本一厳しい条例の逗子海岸で、映画祭が続行できているのでしょうか。主催者のひとりでカメラマンの志津野雷さんに話を聞きました。

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    映画祭立ち上げのきっかけを教えてください。
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    僕はもともと風景写真家で、現在もカメラマンとして雑誌や広告のために国内外を撮影して周っています。現地ではたくさんの写真を撮りますが、実際に雑誌に掲載されたり広告に使用される写真はほんの数枚~数十枚。それくらいの写真じゃ伝わりきらないくらいの、素晴らしい自然や文化や人に出会うので、僕自身が体験した土地の素晴らしさをみんなに紹介したい、同時に逗子の文化や人間も国内外に伝えていきたいという思いから、始まったイベントです。知らない土地に行って地元の人たちと仲良くなると、「次はオレのうちにも来いよ」って招待したくなるじゃないですか。「絶対好きになるはずだから」って。その土地の自然、文化、人、食を紹介するには、<映画祭>にしたら間口が広がるんじゃないかと考えました。写真も動画もスクリーンで見せることができるし、会場内に屋台を作れば、その土地の飲み物や食べ物も提供できる。そうすれば五感で味わってもらえるから、現地の魅力がもっと伝えられるはず。そこに現地の人を招待すれば地元の人間との交流や可能性が広がる。そう思いついて、すぐに逗子市長に会いに行って「こういうことがしたいんだ」と交渉しました。2009年のことです。
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    人のつながりから企画がスタートしているんですね。
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    そうですね。「他の地域ともコラボレーションしてやってほしい」という提案もいただきますが、僕がその場所や人を知らなければ、そこにリアリティがないから、企画をプロデュースと思います。毎年、竹中直人さんが来てくださっているのも、もともと竹中さんがシネマアミーゴに来てくれたことがきっかけ。鶴田真由さんは地元仲間だったり。
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    今年の「バスク地方特集」は、どんなきっかけから生まれた企画だったのでしょうか。
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    これも僕が撮影の仕事でスペインのバスク地方に行って、そこですごくいい人たちに出会って、スペシャルな体験をさせてもらったことがきっかけです。「この体験の恩返しをしたい」と思って、帰国してすぐに『逗子バスク勝手に姉妹都市計画』を、ひとりで始めたんですよ(笑)現地で知り合ったバスク人を招待してイベントを開催したり、地道に始めました。そうしたら2013年が日本とスペインの国交400周年という記念年だったこともあって、サンセバスチャン国際映画祭のディレクターから正式に招待をいただいて。でも、お互い資金がなかったので、資金づくりには苦労しながらも、助成金をかき集めて、現地に行きました。期間中は、街の中心部にある広場を貸し切って、日本の縁日をテーマに会場を設営しました。そこで自分たちがおもしろいと思うストリートカルチャーを紹介したら、予想以上の反響をいただいて、嬉しかったですね。今年はそのお礼としてバスク人が15人、映画祭の手伝いに来てくれました。こちらでは航空券は3枚しか用意できなかったのですが、「2013年の映画祭は楽しくて刺激的だったし、お前らのホームも見たいから」と言って、自腹で来てくれた人も少なくありません。映画祭の設営スタッフ、シェフ、バーテンダーなどが現地から来てくれました。逗子市長には「こうやって毎年、逗子と世界をつなぐイベントを企画するので、どうかそういう体制を作ってほしい」とお願いしました。
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    でも逗子では昨夏から海岸使用の条例が全国一厳しくなりましたよね。映画祭は規制の対象にはならなかったのでしょうか。
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    まず、クラブイベント型の「海の家」を一斉撤去したのは、決して悪い決断ではなかったと思います。あれだけさまざまな種類の音楽を大音量でガンガン流したら、もう自然を楽しむ風情も何もないという状況でしたから。あの勢いを止めるには、一度全部白紙に戻す必要があった気がします。僕自身、これまで一度も夏の逗子海岸で泳いだことなんてなかったのに、去年初めて7歳の子どもと一緒に海水浴に行きました。そして「こんなに静かで幸せな夏のビーチはないな」と思いましたね。逗子海岸映画祭が規制の対象にならなかったのは、単純に映画祭の開催期間が5月で、海水浴シーズンから外れているから。音を出す時間もルールを守っているんです。それでも野外スクリーンで映画を上映する訳ですから、音の問題は残ります。それも容認していただいているのは、まずは逗子の自然環境と地元住民の方にリスペクトがあって、次に人のつながりがあって、その上でパフォーマンスがある。その順序を守っているからじゃないかな。つまり「今年ワンシーズンだけ自分の店の売り上げが計上できればいい」という考えではなくて、逗子という街の将来を考えて企画しているし「世界的な文化交流ができる港町になってほしい」という思いがあるからだと思います。
    映画祭を5月に開催するのも、まだ少し肌寒いから、夜映画が終った後、駅に戻る間に、どこかで一杯飲んで帰れるのにちょうどいい季節なんです。昔は5~6月の逗子海岸って観光客はほとんどいなかったのですが、いま映画祭の期間中は商店街の売り上げが3割増になっているようです。何をどうやって地元に還元するかは、いつも考えていますし、自分ひとりの利益や名声を追求するのではなく、みんなとシェアする、チームでつくらないと、何も達成できないと思っています。もちろん苦情はゼロではありませんが、でも市からは、「これだけの規模のイベントにしては、ほぼゼロに近い苦情数だし、すごく模範的な海の使い方」と言っていただいています。
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    海の家と違う点は、イベント全体の空間デザインと演出がある点だと思いました。野暮な広告看板も一切ありませんね。
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    会場の海岸は、地元の人にとっては日常の場だけど、期間中だけ、夢のような非日常の場所にしたくて。だから、イベント自体がひとつの作品だと思って作っています。例えば、今年は岐阜から白川郷のチームが、地元の名水と山菜をこの会場に運んでくれたんですよ。でもそれを「今日は岐阜の水が飲めます!」なんてあからさまにPRしたりはしません。バーに入って、その水を飲めば、舌が肥えている人ならわかるはずなんです。「この水、すごく美味しい」って。宣伝文句で知るより、自分で発見した方が感動が大きいじゃないですか。こうしたスタンスを守っているので、スポンサーさんは、そうした方向性に納得してくれる人に限られますが……。
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    出展者やボランティアなど関係者も含めて会場のモラルを守るために、心を砕いていることは何ですか。
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    主宰の長島もそうですが、生まれも育ちも逗子育ちのスタッフが多いので、イベント開催中に地元の方からの苦情やトラブルが生じても、話し合いで乗り越えて来た気もします。どこの誰がやっているかが、顔の見える関係性があることは大きいと思いますね。スポンサーの方はもともと仕事のつながりで、このイベントの主旨をはじめに説明して、ご理解いただけている方のみ。ボランティアの方には、「無給ですが、このイベントには世界や国内から優れたクリエイターが集まります。ぜひ出会いやきかっけの場にして、新しい関係性を積極的にみつけてください」とは話しています。
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    今後の展望を教えてください。
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    映画祭を通じて、逗子のブランド力を高めていきたいですね。鎌倉は八幡宮があるし観光名所として完成されていて、葉山にはご用邸がありますが、逗子はかつて石原裕次郎「太陽の季節」の舞台で有名になったけど、今では「葉山と鎌倉の間でしょ?」と言われるくらい。だからこそ、いろいろ入り込む余地があって、この映画祭も開催できたのだと思いますが。今後の課題としては、宿の問題があります。泊る場所があれば遠方からの人も翌日まで遊べるし、夜飲みに行ったりご飯を食べに行ったりできますよね。神奈川県は過疎化が進んでいて、5000軒の空き家がありますが、中でも逗子は、神奈川県でも空き家率が14%でダントツ1位なんです。そうした空き家を宿泊場所として活用できないか、市長に話をしているところです。今後も映画祭を続けて、いつか「逗子と言えば映画祭」、「国際的な文化町だよね」と言われるようになれたら嬉しいですね。

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    逗子海岸映画祭 公式ホームページ
    http://zushifilm.com/

    Writer's Profile
    鈴木沓子
    編集者・ライター

    新聞社を経て独立、主にアートやメディア、都市の公共性をテーマに、編集・執筆・翻訳をおこなう。愛車SURLY パグスレーで、川沿いや浜辺など水辺ライドをゆくのが楽しみ。共訳書に『海賊のジレンマ』(フィルムアート社)、『BANKSY YOU ARE AN ACCEPTABLE LEVEL OF THREAT【日本語版】』(パルコ出版)、『BANKSY’S BRISTOL Home Sweet Home』(作品社)など。

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