2015.12.03 Thu

水のない水辺から… 「暗渠」の愉しみ方 第11回 地下にある知られざる水辺、下水道の味わい

水のない水辺から… 「暗渠」の愉しみ方 第11回 地下にある知られざる水辺、下水道の味わい

今回は目線を変えて、「下水道」。暗渠と下水道は、どのようにかかわるのでしょうか。地下から地上から、下水道を見つめてみます。

水のない水辺から… 「暗渠」の愉しみ方 第11回 地下にある知られざる水辺、下水道の味わい

暗渠と下水道のかさなるところ

2015年9月10日。この日TV画面は、長いこと茨城県と栃木県を映し続けていました。茶色く渦巻く水に、救出を待つ人たち。まるで数年前のあの日のような、圧倒されるような独特の感覚に陥った人は、どのくらいいることでしょう。あらためて、水とともに生きることの難しさを味わったように思います。
奇しくも9月10日とは、「下水道の日」でもありました。
台風シーズンを少し過ぎたこの日が雨水排除のために適当、と名付けられた下水道の日。あの日、たくさんの下水管とポンプは雨水を排水しようとし、また、たくさんの雨水調整施設とそれを制御するスタッフのかたがたが、水害を未然に防いだエリアもあったことでしょう。きっとその多くは報道されることなく黙々と、人知れず行われていたことでしょう。
このように我々はひそかに、下水道と関連施設に守られている場合があります。それらの謙虚さに、わたしは暗渠に通じるものを感じることがあります。
写真1
地下神殿との異名を持つ首都圏外郭放水路調圧水槽は、水害対策の設備として代表的

暗渠と下水道。もちろん共通点はそれだけではありません。暗渠はざっくりといえば埋められた水路の跡、その多くは現在下水道に転用されています。自然河川は低い方に向かって流れていきますが、その原理は下水管の仕組み(自然流下式)と同じだからです。そもそも、広義の暗渠とは地下に埋設された管渠である場合があり、そうなると、下水管はほぼすべてが暗渠ということになりますね。
東京には水路跡としての暗渠が無数にあるので、ほとんどの人は暗渠を跨いだことがあるはず、とわたしは思っています。100歩譲って、「暗渠なんて見たことも歩いたこともない」という人もいるとしましょう。しかし、「下水道」ならば、ほとんどの人が使用したことがあると答えるはずだと思うのです。我々のすぐ傍にあるはずの、下水道。けれど、下水管の中や、下水のゆくえについて、思いを馳せたことがある人、となると、どのくらいいるものでしょうか。
わたしは、どちらかというと上水道よりも下水道に魅力を感じます。乾いた尾根道の樋を水が流れるさまよりも、湿った谷底をクネクネと下る水のほうが、こころが揺さぶられます。澄んだ湧水もいいけれど、我々の足元で見えない水が流れる暗い空間、のほうが、ロマンチックだと思うのです。なにしろそれは、わたしたちのために役立ってくれた水たちです。「汚いもの」に転じた途端、どうして厭な顔ができましょう。

河川が下水管に変わるまで

河川を転用した下水、とすでに書きましたが、そのいきさつについて、1つ事例を挙げて追ってみましょう。
そのむかし、荻窪から東中野へと流れていた、桃園川という小河川がありました。桃園川は江戸から大正にかけて、その周辺に住むわずかな人々の生活を支える、農業用水路としてそこにありました。水田のなかを何本かに分かれてさらさらと流れ、フナやザリガニがのびのびと暮らし、風がそよげば稲穂やスミレが揺れ、子どもたちがきゃあきゃあ遊ぶ、そんな光景が阿佐ヶ谷や高円寺にもありました。

写真2
桃園川緑道の始点

ところが大正12年、関東大震災が起き、被災したひとたちが移り住んできました。長閑な田園風景は、住宅と都市河川に変えなければならなくなります。水田は宅地に変えられ、桃園川は1本にまとめられ、蛇行は極力まっすぐなかたちへと整えられました。汲取式であったトイレも、水洗式となってゆきました。川べりに住む人が川にゴミを投げ込むようすも、見られました。いつしか小川は、ずいぶんとその扱いを、むき出しの下水道のように変えられていきました。人口はどんどんと増え、にぎやかで便利な街になったことの代償として、遊水池をなくし、排水まみれとなった桃園川に、しばしば氾濫されるようになってしまいます。
街と人が採った対策。それは、桃園川を暗渠化することでした。川の上に蓋がかけられ、そして、地下にはおもに排水が流れる下水管が通されました。いまでも、桃園川のほとりに住むひとは、「むき出しの下水道」であった桃園川のことを思い出して顔をしかめ、暗渠化されて良かったよ、と、言うことがあります。その方々にとっての桃園川という存在は、暗渠化とともに失われているように見えます。川はもうそこにはありませんが、いま、桃園川緑道の下には桃園川幹線という名の、太い下水管が通っており、その内部はおそらく、暗渠化寸前の桃園川の姿と、少し近いものがあるかもしれません。

写真3
桃園川暗渠の河口部分

いま暗渠として味わうものの何割かは、この桃園川のような歴史をもち、そして地下に下水管を有しています。だからわたしは、下水道のことも知りたくなるのです。以降は、暗渠好きが昂じたかたちでの「下水道」の味わい方をいくつか、紹介してみたいと思います。

地下での味わい方―工事現場見学―

下水道探検のいち手段として、下水道工事現場見学というものがあります。毎年6月に、東京都下水道局では「浸水対策強化月間」として工事現場やポンプ所の見学を行っています。その他にも、自治体が随時行う場合があるようです。わたしはこの手の見学がたいへん好きで、6月を待っては見学に明け暮れていた時期もありました。かならずしも川跡にある下水管ではないのですが、今まで行ったうちのいくつかをご紹介したいと思います。

ひとつめは、工事現場ではなく定期的に行われる環七地下調節池の見学会。地下調節地としてもっとも有名なのは、地下神殿として名高い首都圏外郭放水路ではないかと思いますが、それよりもずっと都心に近いところで味わえるという強みがあります。

写真4
流れ込む水の勢いを弱めるドロップシャフト

神田川水系には完成済の調節池が9つありますが、そのうちで最大といえる規模。調節池には種類があり、自然流下を利用する「掘込み式」(善福寺川の和田堀にある3つなど)と、排水ポンプの付いた「地下式」(妙正寺川の落合や上高田にあるものなど)、そしてこの環七地下調節池が該当する「地下トンネル式」があります。
長い長い階段を下り、地下に出てみるとそこには大きな丸い暗闇が待っていました。遠く向こうの端には妙正寺川、後ろの端には神田川。計4500mの長さということでした。内径は12.5m、そして土被は34~43m。なにもかもが、大きい。

写真5
環七の地下に眠る調節池への道

けれど話はもっと大きくて、地下河川構想という壮大かつ浪漫溢るる計画と、この調節池は関わっていました。環七の地下、白子川から東京湾までを結び、10河川(含下水道幹線)の洪水を流入させて東京湾に導く約30kmの地下河川、「環七地下河川」という構想があるのだそうです。そのうち一部を先行的に整備したものが、この地下調節池なのでした。ただし、この調節池が機能した時点で水害がほとんど減ったため、計画は一応ここでストップしているとのことでした。環七を走っていて意識することなんてほとんどなかったけれど、通るたびに地下に感謝したくなるようなお話です。

おつぎは東大島幹線。見学には基本的に一人で行くのですが、たいていは小学生の団体か、ご高齢のかたの団体のなかにぽつねんと一人混ざる、という構図になります。ところがこのときはたまたま団体さんがおらず、なんと、わたしひとりに対し、3人の説明の方がついてくださいました。地上にいるときはもっとたくさんついてくださり、たいへん贅沢な見学でした。

写真6
エレベーターでおります。スケルトンにワクワク

写真7
シールドマシンが見えます

この工事の特徴の一つに、”親子シールドマシン”を使用、というものがありました。その名の通り、親マシンに子マシンが内蔵されているのです。径の異なるトンネルをつくるため、という理由だそうです。ふだん見ることのない機械たちや地下空間に出会えることも、見学の醍醐味です。写真に写っているマシンは分離前、親子一緒ですね。

最後は、築地幹線。川跡とは関係のない場所に新しく作られる雨水処理用の幹線でした。大雨時に周辺の雨水を入れて、隅田川へ流すもの。桜橋ポンプ所が起点で、ゆるやかに汐留方向に向かいます。なぜ、この工事が必要なのかというと、環状2号線の下敷きになってしまう汐留ポンプ所が廃止されるため、その機能を分散させる必要があるからだそうです。

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築地幹線の中。少し前までの国会議事堂前の駅のよう

写真9
取り付けられる前のセグメント、興奮の山積み

見学後、思いたってあらためて地上部分も歩いてみました。自分の足元に、これからできる暗渠と、それを作るために蠢いているシールドマシン、まだ水辺にはなっていない空の管渠、などを想像しながら歩くことは、「未来の暗渠さんぽ」と捉えることができ、また異なる特別感がありました。

写真10
築地幹線は歌舞伎座の横の道の下を通るのです

ほかの見学は割愛しますが、不思議なことに、現場ごとに少しずつ味わいが違います。施工主が異なること、地理的条件、工事の規模など、さまざまな条件を異にするからなのでしょうか。いっぽうで、しとしとと壁をつたう地下水や結露、ひんやりと涼しく暗い空間、ということは共通していました。

写真11およびトップ写真候補1
和田弥生幹線の壁には結露

それから、いただけるお土産も現場ごとに少しずつ違います。花やゴーヤの苗、ブルーベリーの苗までもいただけるときがあります。年々、下水道局オリジナルのエコバッグが進化していくようなのも、味わい深い点ですね。
写真12
お土産一覧。左上から右に環七地下調節池、桜橋ポンプ所、日本堤ポンプ所、左下から右に両国ポンプ所、市ヶ谷幹線、築地幹線

なお、小平市にある「ふれあい下水道館」にいけば、常設展示の一環で実際に使用中の下水管の中にはいることができます。これもまた、下水道をじかに味わう方法のひとつでありましょう。

下水道内の写真をてがかりに―内部と照合する遊び―

下水道をさらに手軽に味わえる方法として、内部の写真を見る、というものがあります。
信じられないかもしれませんが、世にもうつくしい下水道写真、というものが存在します。世の中にはいろいろな専門家がいるもので、下水道写真家、という方が存在します。
白汚零さん。白汚さんの切り取る下水管の写真は夢のように艶めかしく、下水道や暗渠の魅力、想像力を高めてくれるものでした。白汚さんと下水道の出会いは、18歳のときだといいます。偶々近所の下水道工事に出会い、中に入れてもらったことから、下水道の魅力に取りつかれだしたそうなのです。「地上から隔離された暗くて閉塞感のある空間に、何故か癒されるような感覚を覚えた」「この通路はどこへでも自分を連れて行ってくれる」(pen+より)、…白汚さんの語りは、下水道へいざなうことばとして、とても強力です。

写真13
呑んだ帰りにたまたま見ることができた渋谷川のマンホールの中

しかし、白汚さんのように中に入ることができる人は稀です。現在、下水道の工事現場があると、そこが川跡であるときはわたしはかならず、ふらふらと近寄っていってしまいます。あわよくば、水面を見たいという思いから。けれど、なかなか管理が厳しくて、「落ちたら危ない」のでと近寄らせてもらえません。18歳の白汚さんが工事現場に入れてもらえたエピソードは、まるで運命の出会いのようにも思えます。

もうひとつ、下水道台帳を見ながら「水路敷」を探す遊び、というものもあります。
暗渠の探し方はいろいろありますが、そのなかのひとつに、下水道台帳を見る、という方法があります。自治体によっては簡単にアクセスできない場合もあるようですが、東京都の場合には下水道局が下水道台帳をweb公開しています。
当然ながら白汚さんの写真ほどの臨場感はありませんが、地下で下水管がどのように接続しているかをたしかめることができます。幹線の名前に注目すると、桃園川幹線、藍染川幹線、など、かつてあった川の名がそのまま冠されていることも少なくありません。

写真14
玉川上水余水吐の下にも下水管が走り、水路敷と書かれています

カーブする下水管に「水路敷」と書いてある場合もあります。これはそこが小川であった、ということの証明ともいえます。下水道台帳を弄りながら川の証拠に出会いつつ、地下を旅してみる。PCさえあれば、手軽にできる遊びであり、高度な知能戦かもしれません。

マンホールや地面から想像する―地上での味わい方―

暗渠の蓋と同様、マンホール蓋は地下世界への入り口です。つまり、暗渠の上を歩きながら、暗渠蓋をみたり、マンホール蓋をみたりすることは、下水道へ思いを馳せるきっかけになるはずです。そしてその想像力を、下水道内部の写真や、暗渠の歴史をみておくことで、いくらでも高めることができます。地下に過去に広がる、果てしない世界へと…。

写真15
桃園川支流上にあるマンホールと猫

先に記したように、大きめの暗渠にはしばしば下水道幹線が走っています。そしてその音は、ぽつりぽつりと置いてあるマンホール蓋から漏れ聞こえることがあります。わたしの好きな「マンホールの博物誌」という本では、マンホールを「水と道路と人々との交差点」と表現していました。下水道管という地下にしまい込まれた水路に対し、マンホールを橋に見立てるという表現もあります。このように考えていくと、暗渠の蓋やマンホール蓋は、もはやただの地面とは思えません。

それから、それらを味わうには、なんといっても夜がいいと思います。地面の下をゴーゴーと流れる水の音。それが、下水幹線のマンホール蓋の上に立つと、よりいっそう聴こえます。寝静まった家々とのコントラスト。コインランドリーのにおい、昼には見過ごしていた空間の発見、昼間よりも人懐こい猫。あ、ここは水の音が大きいから、段差でもあるのかな。あ、下水のにおいが少しするな。…こころなしか、自分の五感も敏感になってくるようです。調子に乗ってマンホールの蓋に耳を近づけてみても、おかしな顔をされることも、夜なら少ないでしょう。
この下では、わたしたちを支える水が流れているのです。あるいは、以前は川だったことを彷彿とさせる水が。

轟きは、かつての川の魂か。

写真16
夜の桃園川暗渠、さんぽ中

この音に聴き入りながら、缶チューハイを傾けることもしばしばです。そうそう、お酒を片手に歩いていても、罪悪感が生まれにくいのも夜ですね。ちょっとお行儀悪でしょうか?けれどこうすることで、昼間の疲れが癒えていくように思うのです。

ふだんは、地下に眠っている人工の空洞。ふだんは人の入れない、しずかなしずかな空間。
ひとびとを水害から守るためにある、地下調節池。ひとびとのくらしを支え続ける、下水道管。
これもまたひとつの、暗渠のすがたです。

<紹介した施設等の情報>
ふれあい下水道館
下水道台帳
白汚零さんweb

<文献>
株式会社G&U技術研究センター「マンホールの博物誌」 ダイヤモンド社  2005年
白汚零 「地下水道」 草思社 2010年
Pen+ 「下水道のチカラ」2014年
2015年9月のの河川氾濫により被害にあわれたみなさまに、心よりお悔やみ申し上げます。

Writer's Profile
吉村生

杉並区を中心に、縁のある土地の暗渠について掘り下げたり、暗渠のほとりで飲み食いをしたり、ひたすら暗渠蓋の写真を集めたり、銭湯やラムネ工場と暗渠を関連づけるなど、好奇心の赴くままに活動している。
「暗渠さんぽ」http://kaeru.moe-nifty.com/ 管理人、『地形を楽しむ東京「暗渠」散歩』分担執筆。

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