2014.09.10 Wed

水のない水辺から ・・・「暗渠」の愉しみ方
第1回 暗渠への誘い

水のない水辺から ・・・「暗渠」の愉しみ方<br>第1回 暗渠への誘い

東京の街には、「水のない水辺」がたくさん存在します。かつて地上を流れていた川が、蓋をされた「暗渠」たちです。

ちょっとマニアックな「暗渠」の楽しみ方講座はじめます。

水のない水辺から ・・・「暗渠」の愉しみ方
第1回 暗渠への誘い

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「暗渠」の愉しさ Ⅰネットワーク

暗渠の愉しみ方を大きく3つ挙げるとすれば、1つはその暗渠たちが作るネットワークを辿る愉しさです。
普段ロードマップや鉄道路線図を見慣れた私たちがすぐに思い浮かべる「東京の骨格」と言えば、①山手線や環七・環八などが作る皇居を中心とした同心円、②各地に放射状に延びる主要街道・鉄道の二つで構成されているのではないでしょうか。例えば「JR線蒲田駅から田園都市線桜新町までの行程」を頭に描こうとすると、多くの方は「蒲田駅から京浜東北線で品川に北上して、山手線渋谷からは田園都市線で4つ目の駅」とか、「蒲田駅すぐそばを通る環八を用賀まで北上して、国道246号線を東に入ってすぐ左折」などとイメージすると思います。しかし、暗渠目線で見ればこの両駅は呑川という川でも繋がっている間柄。つまりかつての水辺が作ったネットワークで結ばれているのです。蒲田駅のすぐ北側に流れる呑川を遡っていくと、池上本門寺のふもとを通って東工大までは開渠で流れ、その先が暗渠となります。さらに辿ると東横線都立大駅付近で3つの支流に別れますが、一番長い流れは世田谷区深沢から一路桜新町へ、一部開渠となりながらこの川の最上流を描き出します。この川が作る道筋を、いつも頭に浮かべる「道路と線路のグリッド」に重ねてみてください。ほら、あなたの脳内地図に新しいネットワークが出来上がるのがわかるでしょう?また、基本的には川は低いところを流れますから、その呑川が描く道筋はそのまま「谷」、すなわち土地の高低を表しています。さあ、脳内地図に「地形」というレイヤーも被さってきました。いかがです?暗渠の流れを辿ることで、目の前に新しい世界が立ち現われてきますね。それはまさに、水が繋ぐ世界、なのです。

4-1「呑川」で繋がっている、蒲田と桜新町。(Google Mapをもとにして筆者作成)
4-2道路や鉄道を軸にした見慣れた地図に、川や地形のレイヤーが被さることで新しい世界が。

「暗渠」の愉しさ Ⅱ歴史

2つめはそれぞれの暗渠が持つ歴史、あるいは履歴に触れる愉しさです。
東京の川は、東京が海から陸となった(=陸となることでそこに川が誕生した)12万年前にまで起源を遡ることができますが、こと暗渠となると1923年の関東大震災以降がその歴史の主な舞台であると言えるでしょう。ここから現在に至る東京は“震災からの復興”“戦災からの復興”“昭和の高度成長”“バブルによる都市開発”と4回もの「街の再フォーマット化」を経ることになりますが、その都度川は暗渠へと変化を余儀なくされてきました。しかしこの間わずか90年。暗渠化にまつわる資料もちょっと頑張れば探せないことはないし、昔を知っている人たちの証言だってまだまだ聞くことができます。昔そこが川だったこと、岸辺にたくさんの花が咲いていたこと、そこに子供が落っこちてひと騒動あったことなどなど、ちょっと懐かしい小さな物語を発掘しては「見えない水辺」を感じ、愛おしい思いに浸ることができます。それは地形の高低差含む3次元座標に、時間という4番目の座標が加わって暗渠にさらに奥深い愉しみを与えてくれます。

5-1わずか90年の間のいくつかの「インパクト」で、東京の川は様相が激変した。

「暗渠」の愉しさ Ⅲ風景

3つめは暗渠の風景を眺める愉しさです。そしてその風景はさらに、「暗渠に付帯するもの」と「暗渠そのもの」との2つに分けることができます。

mizbering用画像¥6-1暗渠の「風景」の愉しみはさらに細分化して考えることができる。

「暗渠に付帯するもの」のことを、私たち暗渠モノは「暗渠サイン」などと呼んでいます。それが在る所は暗渠である確率が高い、という目印なのですが、これらを頼りに「かつての水辺」を探し歩くともうそれだけで「街全体をフィールドにしたパズルゲーム」をしているような愉しさを感じることができます。これら「暗渠サイン」については、一覧に整理したチャートをもとに次回もう少し詳しくお話しましょう。

mizbering用画像¥6-2「暗渠サイン」をその「確からしさ」を軸に並べてみると…。

一方「暗渠そのもの」の風景について。これもさらに2つに分けて考えることができます。1つはその「姿のバリエーション」を愛でる愉しみであり、もう1つは「見立て」の愉しみです。
 「姿のバリエーション」は、すなわち川を暗渠化したときの加工度(隠し度)の違いとも言えます。アスファルトで塗り固められすっかり普通の道路にしか見えない暗渠もあれば、緑道として生まれ変わっている暗渠もあります。前者だとかなり「水辺」を探すのが難しいのですが、後者のような「目印」があると暗渠あるきも容易です。その他には、川に蓋を掛けてあるだけの「主張の激しい」暗渠などもあり、その素朴さと川跡であることの確実さから我々暗渠者の間では「蓋暗渠」と呼ばれ珍重されています。このような暗渠の加工度の違いには暗渠化の時代・周辺の開発状況・行政区ごとの考え方などが反映されており、その多彩な姿を見て歩くのは街中で宝探しをするような愉しさがあります。

mizbering用画像¥6-3水辺であったことをやんわり主張する緑道の暗渠。(板橋区・前谷津川)
mizbering用画像¥6-4流れに蓋を被せるだけ、という素朴さが魅力の蓋暗渠。(杉並区・松庵川)

もう1つの「見立て」ですが、これは見る者の精神性や創造力が問われる非常に高度な(あるいは行き過ぎた)愉しみ方と言えるでしょう。見立てとは日本庭園や箱庭、盆栽などで見られる創作技法で、ある物体を以てちがう何かを見ること・見させることです。
暗渠は多くが裏路地となって人通りが少ないため、たいへん侘び寂びの溢れる、場合によってはプチ廃墟ともいえるような所になっています。そんな暗渠に水の流れを想像しながら「見立て」てみると、自分だけの不思議な風景が立ち現われてきます。例えば静かに大きくカーブを切って進む蓋暗渠はまるで北欧のフィヨルドの奥にある雄大な氷河のようです。また湿って苔生す静寂な暗渠は岩の間に清らかな水が行き交う山奥の渓流を思わせます。

mizbering用画像¥6-5優雅にカーブして進む銀色の蓋暗渠は、極北の山間を突き抜ける大氷河の如し。(小平市・小川用水)
mizbering用画像¥6-6静寂の中で苔生す暗渠は、転がる苔岩の間を縫って流れる木陰の渓流の如し。(練馬区・石神井川の支流)
mizbering用画像¥6-7金木犀の散る暗渠はまるで「風の谷のナウシカ」の「その者蒼き衣を纏いて金色の…」(これは水辺とは関係ありませんね。…杉並区・桃園川の支流)。

見えずとも、見立で広がる水景色。街のちょっとした景観整備や再開発で暗渠なんてすぐになくなってしまうものです。それだけに、このようなある意味豊かな「水辺」に出会えたならば、思いっきりその儚さと美しさに浸ってみるのも一興です。

「まえがきのようなもの」はもう1回だけ続きます。次回は「暗渠サイン」を中心に、みなさんのそばで「水のない水辺」を見つけるコツをお届けします。そのあとは「地形を楽しむ東京『暗渠』散歩」(洋泉社)の著・編者でありブログ「東京の水 2009 fragments」の本田創さん、「暗渠さんぽ」の吉村生さん、「デイリーポータルZ」ライターの三土たつおさんらと交代で個別の暗渠を取り上げていきます。お楽しみに。

参考文献

「東京の自然史」貝塚爽平 講談社学術文庫
「川の地図辞典 江戸・東京23区編」菅原健二 之潮
「川の地図辞典 多摩東部編」菅原健二 之潮

Writer's Profile
髙山 英男
自称・中級暗渠ハンター

ある日「自分の心の中の暗渠」に気が付いて以来、憑かれたように暗渠を追いかけては自ブログ「東京Peeling!」に書きなぐる毎日。そういえば小さいころから「水」が好きだったなあと最近やっと気がついた。
2015年6月、吉村生と共著で『暗渠マニアック!』(柏書房)を出版。『地形を楽しむ東京「暗渠」散歩』本田創編(洋泉社)にも一部執筆。本業での著書は『絵でみる広告ビジネスと業界のしくみ』(日本能率協会マネジメントセンター)等。日本地図学会所属。

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