mizbeConseptContentsIcon1

水辺の昔

かつての日本を振り返ると、川や水辺そのものが
周辺のまちなみと融け合って地域の顔になっていました。

江戸時代

「東都名所 日本橋真景并ニ魚市全図」歌川広重

日本橋とその下流北側に広がる魚市の賑わいの様子が詳しい。
日本橋川を行き交う多くの舟と大勢の人々の姿が描かれ、魚河岸があった日本橋界隈の賑わい振りが伝わってくる。

  • 堀川花盛(ほりかわはなざかり)

    (名古屋名所団扇絵集 市博物館所蔵)

    うちわにかかれた花見の風景。満開の花の下で、川岸につくられた桟敷では、堀川を見おろしながら花を楽しんでいる。川にはたくさんの船がうかび、泳いでいる人もいる。橋のてすりに寄りかかって、川と花をながめている人もいる。道ばたの店や屋台では食べ物を売っており、道におかれた長いすで食べながら一休みしている人もいる。この華やかな風景も、木が老木となって枯れていき、明治の頃には見られなくなった。

  • 「四条河原夕涼」歌川広重

    四条河原は、現在の京都市東山区にあり、鴨川に架けられた祇園橋(四条大橋)の両側の河原の名称で、現在の7月頃、暑い盛りに床(川に張り出した板張りの涼み台)が設けられた。床は夏に仮設されるもので、供される料理は川魚料理が多かった。

近代

生活空間と融合していた水辺空間

  • 川内川/昭和初期
  • 大和川(王寺町)/昭和30年頃
  • 空知川(北海道)/大正時代石狩川振興財団
  • コウノトリと人々が共生している様子(出石川/1960年)
  • 洗濯などをする暮らしの場としての川の様子(瀬田川/1940年代)