2015.12.25 Fri

水のない水辺から ・・・「暗渠」の愉しみ方 最終回 見えない水でつながった、二つの縁のこと。

水のない水辺から ・・・「暗渠」の愉しみ方 最終回 見えない水でつながった、二つの縁のこと。

連載最終回は、「水のない水辺」からつながった、ふたつの出会いについて。

水のない水辺から ・・・「暗渠」の愉しみ方 最終回 見えない水でつながった、二つの縁のこと。

最終回である今回は、さいたま市の水辺と、それがつないでくれた2つの縁のお話です。

この『水のない水辺から…「暗渠」の愉しみ方』は、およそ1年前に12回の連載ものとしてスタートしました。以来、交代で4人の「暗渠ライター」が様々な切り口で暗渠の愉しさをお伝えしてきましたが、とうとう今回で最終回を迎えることとなりました。これまで読んでくださったみなさま、さらに「いいね」ボタンを押してくださったり、SNS等で拡散のご協力までしてくださったみなさまに、心からお礼申し上げます。どうもありがとうございました。
さてさて、最終回に相応しいのはどんなお話か、といろいろ考えてみましたが、水辺を愛で、水辺を軸に多くの方が繋がるこのミズベリングですから、やはり、とある「水のない水辺」とそこから広がった二つのご縁について書いてみようと思います。

1 その水辺の名は、藤右衛門川

東京都板橋区・北区の北側から始まる低地をさらに北に進んでいくと、JR京浜東北線南浦和駅に差し掛かる辺りからむっくりと台地が出現します。それが大宮台地。その台地を南北に刻んでいるのが、藤右衛門川の谷です。
私が藤右衛門川に興味を持ったのは、地図を眺めていて偶然「真ん中に川が流れている競馬場」を見つけたことがきっかっけでした。このくだりは拙著『暗渠マニアック!』(柏書房)をはじめあちこちで書いているので詳細は省きますが、その競馬場の真ん中を流れていたのが藤右衛門川という川だったのです。「競馬場を貫く川」という意外性に惹かれ、さっそく現地に行ってみると、競馬場を流れている開渠から上流の藤右衛門川は、殆どが暗渠となっていました。JR浦和駅から競馬場に向かう道でそのうちの何本かに出会いましたが、競馬場にたどり着く頃には、私はすっかりその虜になってしまったのです。その後しばらくは、都内の自宅から決して近いとは言えないこの暗渠に通い詰めてしまったくらいに。
さて、それほどまでに私を惹きつけた藤右衛門川の魅力とは、いったい何なのでしょうか。その魅力は大きく2つ挙げられます。

2 藤右衛門川の魅力 ①密度の濃い支流と地形

その1つは、豊富な支流群でしょう。
藤右衛門川上流域は、南浦和駅、浦和駅、北浦和駅、与野駅を結ぶJR京浜東北線の東側に位置していますが、支流含めた流域は、南北に4キロ、東西に3キロほどと、あまり広いエリアではありません。そんな中に、藤右衛門川だけでなく、その支流である天王川、日の出川という3つの流れが生まれ、合流しています。さらに、それぞれには夥しい数の細流支流が毛細血管のように、密度濃く繋がっているのです。もちろん暗渠として川の痕跡をしっかり残しながら。
また、それだけの支流があるということは、それらが刻む谷も無数にあるということ。そう、地形的にも凹凸がぎゅっと密集する、とても変化に富んだエリアなのです。
しかしそれは、あちこちの谷から水が低いところをめがけて一気に集まってくるということでもあります。南浦和から与野といえば高度成長期以来の大ベッドタウンですが、ここが宅地造成されコンクリートが土を覆うようになると、降った雨水が地面に浸透することなく藤右衛門川に集まり、地域は何度も何度も洪水に苛まれたそうです。その辛い歴史が藤右衛門川の暗渠化を推し進め、昭和56(1981)年にやっと暗渠化工事が完成しました。ここでさらりと魅力、などと書いていますが、今に至るまでは大変な被害や犠牲があってのことなのだ、と肝に銘じねばなりません。
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藤右衛門川の流域図。藤右衛門川は地元では谷田川とも呼ばれている。(地図は『暗渠マニアック!』より)

3 藤右衛門川の魅力 ②暗渠のバリエーション

もう1つの魅力は、あちこちで「多彩な水辺の姿」が見られることです。
緑道としてしっかり整備されている川筋や、一般道に擬態したような暗渠、数種類のコンクリ蓋暗渠、幅の広さ違いのはしご式開渠、コンクリ三面張りの開渠などなど、このエリアでは様々な姿・加工度の水辺を楽しむことができます。そしてなんと、数年前までは、野っぱらからこんこんと湧き出す水源までも見ることができたそうです。今となってはさすがに手つかずの土の間から水が湧くところは見られませんが、場所によってはコンクリート護岸の割れ目から湧き出しているところや、小さな崖の法面から水が滲み出ているところも確認できます。
このように、藤右衛門川流域は、まるでコンパクトサイズの「暗渠百科事典」のようなところ。ここでは到底ご紹介しきれないほどの細流や名所も密集しています。ぜひ昆虫採集ならぬ「暗渠採集」に出かけてみてください。(参考として、こちらのブログをお勧めします。ブログ主さんにご承諾を頂いて、リンクを貼らせて頂きました)

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【藤右衛門川暗渠百科事典 その①】支流である天王川コミュニティ緑道は、エリア内加工度が(良くも悪くも)ナンバーワン。

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【藤右衛門川暗渠百科事典 その②】瀬ヶ崎2丁目では、支流暗渠は歩道に変身。

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【藤右衛門川暗渠百科事典 その③】強烈な赤色の蓋暗渠は、浦和レッドダイアモンズに因んだもの?

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【藤右衛門川暗渠百科事典 その④】原山3丁目にあるカーディーラー前には鉄板素材の蓋暗渠。

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【藤右衛門川暗渠百科事典 その⑤】はしご式開渠で住宅の裏をひそやかに縫う支流。

4 水を愉しみながら、物語を紡ぎだす劇作家のこと

私がそんな藤右衛門川に夢中になっているときに、twitter上でたまたま接点ができたのが、高野竜さんという劇作家の方でした。高野さんは埼玉県宮代町を拠点にしながらたくさんの戯曲を書き、またプロデューサーとしてあちこちで演劇の企画制作もされています。そんな高野さん、偶然にも私とほぼ同じ時期にこの藤右衛門川に魅せられ、ここを舞台とした戯曲を書こうと周辺を取材されていました。そんな高野さんが取材メモ代わりにアップし続けていたツイートのまとめがこちらです。藤右衛門川のことを少しずつ調べていく過程で、光栄にも私のブログを参照、ツイートで紹介してくださいました。つまり、twitterに流れるバーチャルな藤右衛門川のほとりで、二人が「あ、どうも」と出会ったわけです。
高野さんはこのとき、「河明り」という小説をモチーフにした、戯曲の構想に入られていました。「河明り」とは昭和13(1938)年に発表された岡本太郎の母、岡本かの子の書いた短編で、昔の日本橋川を舞台とするちょっと変わった恋愛小説です。高野さんはこの取材を経て、舞台を日本橋川から藤右衛門川に置き換え、他のさまざまな思いをリミックスして「一輪の書」という戯曲を書きあげられました。「河明り」と読み比べると、さらに現地藤右衛門川に行ってみてから読んでみると、ああ、この場所、このシーンをこんなふうに捉えてるのか、とより興味深く味わうことができると思います。ちなみにこの「一輪の書」は、2016年の5月22日、府中市是政の「豆茶房でこ」というカフェでの上演が予定されているそうです。藤右衛門川ファンは必見ですね。
それ以来、高野さんとはtwitter上の見えない川辺で交流をさせていただいています。
高野さんは、他にもたくさんの「川を軸にした物語」を手掛けられており、去る8月15日には、宮代町内で、その名も「水没祭」という野外劇を主宰されました。私も拝見してきたのですが、夕暮れから闇夜に代わる間に、池に浮かべられた3畳ばかりの小さな舞台で繰り広げられるそのストーリーに、水面の持つ不思議なほどの豊饒さと妖艶さを感じた気がします。

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一夜限り上演された、「水没祭」での野外劇。文字通り役者さんは池に飛び込んだり落っこちたりと水まみれ。

私はこの連載の第1回目で、「暗渠の愉しみとは、①ネットワーク ②歴史 ③景色の3つに大別できる」と書きました。そのうちの「②歴史」とは、これまで実際に川を軸にして繰り広げられてきた過去の「物語」のことなのですが、高野さんは過去を振り返るだけでなく、自ら物語を紡ぎだすことによって、水辺を存分に愉しんでらっしゃるように感じるのです。

5 源流の水辺を抱える小学校のこと

もう一つ、藤右衛門川がつないでくれたのは、さいたま市立道祖土(さいど)小学校さんとの縁でした。道祖土小学校は、なんと藤右衛門川の蓋暗渠が校庭の真ん中を突っ切っている、世にも珍しい暗渠小学校です。

なんとその小学校の先生から、この7月に突然、私の暗渠ブログ『東京Peeling!』を通じてご連絡をいただきました。その内容は、

・7月下旬に東京ビッグサイトで行われる『下水道展2015東京』での「スイスイ下水道研究所」というコーナーで、道祖土小学校に通う児童さんたち数名が、自由研究の発表をすることになった。
・その発表のモチーフを、今は暗渠となってしまっている藤右衛門川とした。
・ついてはブログ記事や『暗渠マニアック!』記載の内容を参考にしたいが、よろしいか。

というものでした。
このとき教えていただいたのですが、驚くべきことに、この小学校の敷地内にも、藤右衛門川につながる湧水があるのだそうです。つまり、小学校は藤右衛門川の源流の一つであり、今もその校庭で藤右衛門川の一滴がこんこんと生まれ続けている、というわけなのです。休み時間ともなると、たくさんの児童がそこに棲むザリガニを釣って遊んでいるとか。そんな身近にある流れ、「いったいどこにつながっているんだろう」と行方を確かめに行ってみる、というのが研究のテーマだということでした。
なんと。暗渠ハンターとしての私の普段の活動とまるで一緒ではないですか!できることがあれば何でもご協力いたします、と鼻息の荒いお返事をすぐさまお送りしたのは言うまでもありません。
発表当日は、私も会場まで駆けつけ、5年・6年生女子4人組の「ちびっこ暗渠ハンターズ」(と、勝手に私が呼んでいます)によるプレゼンテーションを拝見してきました。
水が湧き出す校庭から始まって、藤右衛門川の暗渠を辿り、合流先の芝川までを追いかけていくストーリーです。発表を通して「あの小さな流れが、途中姿を消しながらも、こんな大きな川になって続いているんだ!」という彼女たちの驚きや喜びが、ひしひしと伝わってきます。そうそう、これなのです。「つながってる」ことを目の当たりにする驚き。「つながり」を探し当てる喜び。まさに「3つの暗渠の愉しみ」の「①ネットワーク」の発見です。その、暗渠マニアが味わうピュアな感動がここにある!それを再認識させてくれた最高のパフォーマンスでした。

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「ちびっこ暗渠ハンターズ」渾身の感動スライドを抜粋すると、こんな感じ。(画面をデジカメで撮影した画像を元に、トリミングした上で配置しました)

発表の興奮も冷めやらぬ数週間後、道祖土小学校・増田校長のご厚意で、夏休みの小学校にお招きをいただき、校長室で昔の空撮写真を見せていただきながら、じっくりお話を伺うことができました。
校庭の隅の小さな崖下から数か所にわたって水が湧き出していること、その湧水が、校庭を横切るコンクリート蓋暗渠に落ちていること、以前は開渠のまま校庭を横切っていて、二つに分かれた校庭は何本かの橋でつながっていたことなどなど、ふらっとこの水辺を通りかかっただけの私には、わかり得なかったことばかり。
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校内にあった見取図。水色点線の楕円が暗渠部分。ここに、オレンジ色の場所で湧いた水が流れ込んでいる。

5-3オレンジ色で図示した場所がここ。小さな崖の下にU字溝が配されており、ザリガニが多数棲息。

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U字溝から湧き出る水が水面をゆらゆらと揺らしている。

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校庭を二分する藤右衛門川蓋暗渠。U字溝を伝ってきた湧水はここに落ちていく。

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道祖土小学校開校直前、昭和50(1975)年の航空写真。点線内の川はまだ開渠。

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昭和59(1984)年の航空写真。この時点では、川はまだ開渠で校庭を流れている。

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平成6(1994)年。この時点では川はついに暗渠化されていた。

湧水の量は、崖上台地一帯の住宅開発に伴って、だんだんと量が減ってきているということです。暗渠マニアにとって「水のない水辺」は当然大好物なのですが、「水がある水辺」から水がなくなってしまうのはやはり哀しいこと…。さまざまな立場のさまざまな事情があってのことでしょうから、私如きが口をはさむ気は毛頭ありません。しかし、藤右衛門川でご縁を頂いた者として、少しでも長く、できることならいつまでも、この校庭にザリガニが棲み続けられるよう願うばかりです。

6 「水のない水辺」を感じれば、新しい何かが待っている

以上、これまで12回に亘ってお送りしてきました「水のない水辺」のお話、いかがでしたでしょうか。
これまで取り上げてこなかった場所であっても、およそ人が住むところであれば、「水のない水辺」は実はたくさんあるはずです。その「水辺」に気付くとき、いつもの風景・いつもの毎日がちょっと違ったものになることでしょう。そして、そのとき新しい何か・誰かに出会うかも…。
今回4人の暗渠ライターが毎回交替で書いていく、という形式をとったのも、「水辺」 の愉しみ方、感じ方もいろいろあっていいんだ、ということをご理解いただきたかったからでした。ぜひみなさんも、みなさんそれぞれのやり方で、お近くの景色から水の匂いを嗅ぎわけて、水辺を感じてみてください。

最後に、「水のない水辺」というコンセプトとともに連載の機会を作ってくださった渋谷リバースの鈴木章仁さま、我々の遅筆に辛抱強く、広い心でご対応いただいたミズベリング・プロジェクト事務局の滝澤恭平ディレクターに、心から感謝を申し上げます。どうもありがとうございました。

参考文献
『わがまち浦和-地域別案内-』浦和市総務部市史編さん室(1982浦和市)
『藤右衛門川改修記念 わが街25年の歩み 谷田川河川史』浦和市谷田川排水路改修促進会(1982)
『暗渠マニアック!』吉村生・髙山英男(2015柏書房)

Writer's Profile
髙山 英男
自称・中級暗渠ハンター

ある日「自分の心の中の暗渠」に気が付いて以来、憑かれたように暗渠を追いかけては自ブログ「東京Peeling!」に書きなぐる毎日。そういえば小さいころから「水」が好きだったなあと最近やっと気がついた。
2015年6月、吉村生と共著で『暗渠マニアック!』(柏書房)を出版。『地形を楽しむ東京「暗渠」散歩』本田創編(洋泉社)にも一部執筆。本業での著書は『絵でみる広告ビジネスと業界のしくみ』(日本能率協会マネジメントセンター)等。日本地図学会所属。

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