2015.03.10

川が育んだ日本の伝統工芸・染色の祭典「染の小道」

川と染色文化のつながりと歴史、”街の記憶”を蘇らせる。

新宿から電車でわずか8分の東京・中井。駅を下ると、すぐ目に飛び込んできたのは、妙正寺川の上をたなびく色鮮やかな反物の数々。 型染め、友禅染め、江戸小紋、絞り染め、草木染め……。 約200メートルに渡って川に架け渡された120本を越える多彩な反物は、 水面から反射する光に照らされて、街行く人の目や足を止めさせる。これは2月末の週末3日間、落合・中井の街を染め物で埋め尽くして、 染色文化を継承するイベント「染の小道」の企画展示だ。

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妙正寺川の上に架けられた反物

意外に思う人もいるかもしれないが、染色は新宿区の地場産業に指定されている。 区内に流れる神田川や妙正寺川沿いには、染色工房など数多くの染色関連業が代々集まってきた歴史がある。なぜ川沿いに拠点を置く必要があったのかーー。 それは染色に使う糊を洗い流す工程で、新鮮な水が大量に必要とされたからだ。 江戸の染色文化は神田や浅草で幕を開けたが、染色工房はきれいな水を求めて徐々に川を遡った。そして昭和初期には、江戸川橋から落合・中井地域に及ぶ川沿いの一帯にその拠点を移した。当時は日本染色産業の三大産地として、京都、金沢と並ぶほどの規模と文化を誇り、昭和30年代までは、川のあちこちで染め物を水洗いをする様子が、日常風景として定着していた。そして着物文化が縮小した現在でも、落合・中井エリアには約25軒の染色関連工房が点在しており、 江戸の伝統を受け継いだ技術や文化がひそかに息づいている。

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大正9年創業の工房「染の里 二葉苑」前に着物姿で集る参加者の方たち

「落合・中井の染色文化と歴史をもっと発信して、多くの人に知ってもらいたい」と、 地元住民や地域の染色工房が立ち上がって企画したのが、街おこしプロジェクト「染の小道」。 今年で7回目を迎えるこのプロジェクトは、国内だけでなく海外からの観光客も訪れる人気イベントへと成長している。 メインの見どころは、街全体をギャラリーとして見立てて、染め物を展示する大規模展示。 川には反物を架ける「川のギャラリー」展示を、そして商店街のお店の軒先に染色作家が各店のために作った暖簾を飾る「道のギャラリー」を展開するのが見もので、今年は126反の反物を川に架け、97カ所の店舗でのれんを展示した。また、着物を一式貸し出し着付けをしてくれる店もあり、可憐な着物でそぞろ歩きする若者の姿も多くみられ、文字通り、川も商店街も道も、街全体が染め物で染まって華やかな雰囲気に包まれていた。

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「染の小道」実行委員会の広報担当、樋口智幸さんにお話を伺いました。

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川面に展示って、名案ですね!広げた反物をこんなにたくさん一斉に観たのは初めてでした。圧巻の光景でした。
higuchisan
ありがとうございます。かつて川底に下りて反物を洗っていた光景を、現代風にアレンジしたものです。妙正寺川と染色文化のつながりや街の記憶を、今に引き継ぎ蘇らせることができたらという狙いです。展示している反物は、着物に使うには難しいストック品を問屋などからご提供いただき、展示用に手を加えています。またそれ以外に、染色を学ぶ大学生の作品や、地域の小学校の授業の一環で制作した反物などを展示しています。
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小学校や障害者支援施設や地域の人が皆で一枚の布地を染める企画「百人染め」

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普段なかなか入ることができない染色工房で、職人さんの実演を見学できたのも貴重な経験でした。どの工房も本当に川沿いに建っているので、川と染色文化のつながりも実感しました。
higuchisan
染色は分業制が基本です。例えば友禅染めでは、色の境目となる糸目への「糊置き」や、その糊に防染効果を付ける「地入れ」、蒸して色素を定着させる工程など19以上の段階があり、それぞれが専門職として成立していました。染色工房が川沿いに建ち、そこから歩いていけるくらいの距離に、蒸し専門の工場や、完成した反物をきれいにする「湯のし」工房などが集積していったのです。
都内染色3大組合による展示と伝統工芸士による実演も
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「川のギャラリー」では、川と染色文化の関係と歴史を現代風にアレンジして展示されたとのことですが、そのように“街の記憶”を継承していく狙いや思いについて教えてください。
higuchisan
昭和40年代以降、河川の汚染問題などで、川に降りて反物を洗う姿が見られなくなりました。そのため、中井には今も染色工房があるということは、昔ほど知られていません。「染の小道」の活動を通じて、この街には受け継がれてきた染色文化があり、人を呼び寄せる原動力にもなることが、徐々に浸透してきたかと思います。住んでいる人に自分の街として、落合・中井をもっと自慢してもらいたいです。
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河川占用にあたって、どんな準備をされましたか。
higuchisan
5年前、「川のギャラリー」の企画が持ち上がったときに新宿区に相談に行きました。区も河川整備に力を入れており、その成果を広めて行きたいタイミングだったこともあり、前向きに応じていただきました。新宿区との「共催」という形にすることで、準備期間から撤収までの10日間の河川占用料を免除してもらっています。
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「道のギャラリー」で商店街を飾ったのれんは、それぞれお店の商品をモチーフにしたデザインで、目に楽しかったです。
higuchisan
「道のギャラリー」ではのれんを制作する作家さんと店舗を、抽選でマッチングしています。プロジェクトに商店街のみなさんを巻き込んで、街がまるごと盛り上がるイベントにしたかったんです。のれんのつくり手は、プロの染色作家はもちろん、染色を勉強中の学生さんや、趣味で染色を手掛けている方など、幅広く参加していただいています。つくり手がお店が相談しながら、「染の小道」のために制作しました。
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中国料理「菜来軒」ののれんは文化学園大学造形学部3年生が制作
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準備で大変だったことは?
higuchisan
今年は「道のギャラリー」への参加を希望する店舗が多く、一部お断りしなければならない状況でした。のれんのつくり手確保が一番の課題です。作家さんは材料費から制作時間まで、持ち出しで負担いただいています。展示したお店が買い取ったり、開催期間中に通りかかった方にお買い上げいただいたりと、少しずつ成果も出てきていますので、「染の小道」を広く宣伝・販売の機会として捉えていただけるように打ち出していきたいと思います。
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居酒屋「茶屋」には手描き友禅とハワイの自然と文化をコラボしたのれんが登場
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来年の抱負を教えてください。
higuchisan
「川のギャラリー」は天候次第。昨年と今年は雨に降られてしまいました。前回は雨天時の対応を決めていなかったので現場が大混乱したのですが、その反省を踏まえて今回は早めに撤収の判断ができました。一番の見どころではあるので、年に1回だけではなく、例えば夏にも架けられないかなどの構想はあります。妙正寺川の河川整備が進む前は、少しの雨でも川が氾濫していたようです。周囲のお店は、警報が出るたびに土のうを積んで備えたと聞いています。それが今では、街なかに川があることが魅力を生み出しています。川が育んできた街の文化ごと、世界に向けて届けていきたいです。

この記事を書いた人

編集者・ライター

鈴木沓子

新聞社を経て独立、主にアートやメディア、都市の公共性をテーマに、編集・執筆・翻訳をおこなう。愛車SURLY パグスレーで、川沿いや浜辺など水辺ライドをゆくのが楽しみ。共訳書に『海賊のジレンマ』(フィルムアート社)、『BANKSY YOU ARE AN ACCEPTABLE LEVEL OF THREAT【日本語版】』(パルコ出版)、『BANKSY’S BRISTOL Home Sweet Home』(作品社)など。

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