2014.09.12

都心の川に入ってみる。神田川親水テラス

神田川、いつもと違った野生の光景。

神田川、いつもと違った野生の光景。

川に裸足で入ってみたい。
しかも街の中をなにげなく流れている川に。
あそこに立ったらどんなふうに街が見えるのだろう。
そんなことをふと思ったことがある方はおられないだろうか。

筆者は京都の市中を流れる白川という川が好きで、
靴を脱いで川を歩いたことがある。
琵琶湖からの疎水が流れる6月の水がひんやり気持ちよく、
石の護岸はちょうど目の高さにあって行き交う人びとの足元が見える。
川に入っているからといって不審の視線で見られることもなく、
ああ気持ちよさそうに水遊びをしているなと、流してもらえるような
ふんわりした空気感が白川にはあった。

東京の都心にはそんな川はあるだろうか?
神田川が夏の間だけ、川に入ることができるという話を聞き、
早速、訪れてみた。

山手線の高田馬場駅から歩いて3分ほどのところに、そのスポットはある。
神田川は吉祥寺の井の頭池を水源にしてS字カーブを描き、落合で東に向きを変えた後、
おとめ山公園、ホテル椿山荘といった高台のふもとの低地を下り、飯田橋、御茶ノ水を経て隅田川に出る。
高田馬場付近は流域のなかでも河床勾配が急なところで、JR山手線・埼京線、西武新宿線のガードの下で、段差を越えて水が勢い良く下ってゆく。
そのすこし下流で、川幅は開ける。

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神高橋から神田川の上流部を望む。手前は西部新宿線の橋梁。

高さ10mほどの真っ白いコンクリート護岸に囲われた水面に、幾人かのこどもたちが網を手に思い思いに動いている。
おとなたちはのんびりと足を川につけながら岸辺に座っている。
東京の都心に出現したこのシチュエーションは通行人の興味をいたく惹くようで、
橋の上を通るOLやビジネスマンたちは、おっという顔で立ち止まり川を覗いていく。

母親と遊びに来ている小学四年生の男の子は、スジエビをたくさん捕まえて
無心に水槽に入れている。川に入るのどんな気分?とたずねてみると、
「うん、楽しい、一期一会って感じ」
と妙に味わい深い大人な表現で喜びをシェアしてくれた。
この日は曇りだったので人数は少なかったが、晴れの日は親子たちでにぎわう。
川辺りで子どもたちを見ていたお父さんも、「意外と生き物がいてびっくりしました」と楽しそうだ。

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上:子どもたちは熱心に生き物を探す。
下左:子どもが採集したスジエビ。下右:隣接する新宿区戸塚地域センターでアユ、オイカワなど神田川に生息する魚類を水槽で観察できる。

このスポットは新宿区が夏のあいだだけ(2014年は7/19~8/17)開放している「神田川親水テラス」だ。もともと東京都が平成10〜11年に建設した親水テラスだが、増水時の安全管理の問題があり、特別なイベント時を除いて平時は入れないようになっている。これをもっと市民のために開放して神田川に親しんでもらおうということで、5年前より夏季限定でオープンしている。
ただし、冒頭の京都の白川と違って、親水可能エリアはテープによって区切られており、監視スタッフが常時水面に2人ほど立って利用者を見守っている。さらには川岸の新宿区戸塚地域センターのビルの中には水位を観測するスタッフがモニターに張り付いており、流域の上流で雨が降った場合はすぐに施設を閉鎖するという管理体制が組まれている。
いわば、都心の川を一時的にプールのように管理するというあんばいだ。だからこそ、ゲリラ豪雨による急激な増水の危険のある神田川に、誰もが自由に入ることができる。(もっとも泳ぐのは禁止だが。)

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上左:神田川親水テラス入り口。上右:くつろげるスペースがあり、長靴を借りることができる。
下:神田川親水テラスと背後の新宿区戸塚地域センター。オレンジ色の監視スタッフが水面に立つ。

川に入ってみた。裸足で入ることは禁止されているので、長靴を履いて水に浸かる。
コンクリートの街の地底に、絶えることなく上流から水が流れてくる。ここは川だ。
埼京線がすぐ先の頭上をごとんごとんと渡っていく。不思議な感覚だ。
増水時には、この空間全体に水が激しくほとばしることを想像すると、神田川の野生を感じる。
水辺にたたずむのと、水辺に一歩踏み入れるのでは、まったく世界が違って見えてくる。

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河床勾配が急で渓谷のような神田川の上を、埼京線に乗り入れをしているりんかい線が走る。黄色いテープで親水エリアの外と区切られている。

かつて昭和三十年代までは、この付近は染め物の一大産地で、染料を洗い流す「水元」が行われていた。水質が悪化し途絶えてしまったように見えた染め物業だが、現在は一時期より水質は改善し、年に一度、イベントとして神田川で「水元」が行われている。また、アユもすこし下流の高田橋まで遡上するようになっている。そのあたりでは、河床はコンクリートではなく、東京礫層という地層が露出していて、原・神田川のワイルドネスをいまなお感じさせる場所である。
すこしずつ、環境が改善しつつある神田川。
来年の夏にはぜひ、あなたも神田川の水辺を自分の足で体験してみてはいかがだろうか。

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<参考>

神田川親水テラス
神田川ファンクラブ(新宿区が区民を対象に、神田川の環境教育プログラムを通年で開催している)

この記事を書いた人

ランドスケープ・プランナー

滝澤 恭平

ランドスケープ・プランナー、博士(工学)。 「ミズベリング・プロジェクト」ディレクター、株式会社水辺総研取締役、日本各地の風土の履歴を綴った『ハビタ・ランドスケープ』著者。大阪大学卒業後編集者として勤務。2007年工学院大学建築学科卒業、愛植物設計事務所にランドスケープデザイナーとして勤務後独立。2022年九州大学大学院工学府都市環境システム専攻博士課程修了。都市の水辺再生、グリーンインフラ、協働デザインが専門。地元の葉山でグリーンインフラの活動を行う。

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